訪問介護業界のM&Aの動向|現状やメリット、取引相場、流れを解説

訪問介護業界では昨今M&Aに関する話題が頻繁に出てきます。なぜ、訪問介護が話題になっているのか?本記事では、その現状と理由や、M&Aを行うことのメリットとその相場や流れについて解説していきます。


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訪問介護業界の現状

介護業界は、高齢化の影響で需要が高まる中、深刻な人材不足の状態にあります。訪問介護業界の先行きを見通すために、まずは介護業界の現状についてお伝えします。

要介護の高齢者が年々増加

日本では少子高齢化に伴い、介護を必要とする高齢者の数も年々、増加傾向にあります。厚生労働省の「令和2年度 介護保険事業状況報告(年報)」によると、第1号被保険者の要介護(要支援)認定者(令和2年度末現在)は669万人(男性209万人、女性460万人)であり、前年度より2.0%(13万人)増加しています。

また、そのうち前期高齢者(65歳~75歳未満)は76万人、後期高齢者(75歳以上)は593万人であり、約88.7%が75歳以上となっています。

さらに、第2号被保険者も含めた要介護(要支援)認定者の数は、平成12年度の256万人から令和2年度では682万人と右肩上がりに増加しており、この傾向はしばらく続くと予想されます。

2025年には国民の4人に1人が75歳以上となる超高齢化社会が訪れる中、介護業界では人材不足により深刻な様相を呈しています。厚生労働省「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」では、2025年度には介護職員が約243万人必要となる一方で、働き手は約220万人と、約23万人の介護職員が不足するとされ、大きな課題とされています。

出典:
令和2年度 介護保険事業状況報告(年報)」(厚生労働省)
第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」(厚生労働省)

介護給付費の膨張

高齢化の影響で介護給付費も膨張しています。訪問介護の報酬は主に介護給付費から支払われており、本制度の維持・拡充が重要な課題ですが、厚生労働省「令和3年度 介護給付費等実態統計の概況」によりますと、令和3年度の介護費用累計額は約11兆291億円と、前年度に比べて2507億円もの増加となっています。

訪問介護は居宅サービスに含まれますが、居宅の中でも通所についで多く、令和3年度では約1兆562億円となっています。介護給付費の抑制が重要な政策課題である昨今の情勢の中では、介護報酬がこれ以上引き上げられる見通しは立っておらず、介護報酬改定の影響を大きく受ける訪問介護は厳しい局面に置かれています。

とはいえ、わが国では「地域包括ケアシステム」が推進されており、訪問介護を始めとする在宅サービスの充実が叫ばれていることから、マイナス改定の懸念は少ないともいえます。ただし、業界動向によりマイナス改定になった場合、その影響は甚大であることから、事前の対策は必須です。

出典:「令和3年度 介護給付費等実態統計の概況」(厚生労働省)

介護人材・ヘルパーの不足

介護業界は深刻な人手不足の状況にあり、利用者数が増大を続ける訪問介護においては、人材確保が難しいのが現状です。

公益財団法人介護労働安定センターの「令和2年度 介護労働実態調査」によると、介護事業所における人材の不足感は全体的には改善傾向を示しているものの高く、訪問介護員の不足感は80.1%と最も高くなっています。

その理由として、「他産業に比べて、労働条件等が良くない」、「同業他社との人材獲得競争が激しい」ことなどによる人材採用の困難さが上がっていますが、訪問介護においてはまず、有資格者しか従事できないことが挙げられます。

訪問介護は、介護スタッフが利用者の自宅を訪問し、1対1でサービスを行います。そのため、従事する条件として、介護に関する基礎知識を有すること、具体的には初任者研修の資格取得等が課せられています。資格取得にはある程度の期間がかかることより、無資格の人材を採用できないことが人材不足に拍車をかけています。

また訪問介護では、介護報酬は介護サービスの提供時間に応じて算定されるため、利用者の自宅に伺う際の移動時間を介護報酬の算定に含むことができません。訪問介護は短時間の支援が主であり、移動時間、すなわち実質的な拘束時間が長くとも給与に反映されないことから、給与水準自体が低くなってしまっているのが現状です。

先の調査によりますと、介護業界における一般労働者の所定内賃金(無期雇用職員、月給制)は平均243,135円、管理者では平均382,036円となっています。

訪問介護においては、売上は介護報酬にかかっており、報酬改定の大幅な引き上げの可能性も少ないことから賃金アップのめども立っていない状態です。高齢化問題とも相まって、人材不足は今後も続くと予想されます。

出典:「令和2年度 介護労働実態調査結果について」(公益財団法人介護労働安定センター)

倒産件数の増加

東京商工リサーチの調査によると、老人福祉・介護事業の2022年の年間倒産件数が143件に上り、過去最多となりました。前年に⽐べ、76.5%の増加となっています。理由としては、感染防止の対策コストの増加や利用控え、在宅勤務の定着に伴う介護サービスの需要減などが挙げられていますが、経営不振に光熱費や物価の高騰が重なって倒産に至るケースもあるようです。

訪問介護においては倒産件数50件と、前年より6.4%増となっています。高齢化に伴い、訪問介護等の介護事業は成長産業に位置づけられます。異業種からの参入などにより事業者数も増える一方、倒産件数も少なくなく、訪問介護事業者の倒産はほかの介護事業者に比べても多い傾向があります。

出典:「コロナ禍と物価高で急増 「介護事業者」倒産は過去最多の143件、前年比1.7倍増~2022年「老人福祉・介護事業」の倒産状況」(東京商工リサーチ)

訪問介護のM&Aの動向

人材不足や倒産件数の増加など、厳しい状況下にある訪問介護業界ですが、需要そのものは高く、加速する高齢化により今後もその傾向は続くと予測されます。そのため、異業種から介護業界に参入する企業も多く、M&Aも活発化しています。同業種においても、新規エリアの開拓・人材確保・業務の効率化などを目的に、小規模事業者を買収する事例も多く見受けられます。

また、小・中規模な訪問介護事業者は、人材不足による経営難・後継者問題で、M&Aにより大手企業へ事業継承・売却する事例も増えると推定されています。

訪問介護のM&Aにおけるメリット

訪問介護業界では近年、M&Aがますます活発化しています。M&Aによるメリットは、利用者へのサービス向上に直結し、事業経営の土台となるものです。

以下、売却側・買収側・従業員側から、それぞれのメリットを概観します。

売却側のメリット

M&Aにおける売却側のメリットとしては、大きく以下の3点が挙げられます。

1.後継者問題の解決

小・中規模事業者の多くは個人経営です。そのため、自身が高齢になるにつれ後継者を探す必要に迫られますが、適切な後継者選びに苦労することも多くあります。経営は順調でも廃業をせざるを得なくなるケースも多々あります。

介護事業所経営者は目の前にいる利用者を親身に支援する方々が多いことから、廃業は大きな心理的負担にもなります。このような場合、M&Aが役立ちます。M&Aであれば、後継者を幅広く探すことができ、あるいは大手に売却することで経営基盤を確立でき、利用者の安定した生活を守ることが可能です。

2.従業員の雇用の確保

事業所の廃業は、従業員の解雇に直結します。長年、共に働いてきた従業員は、日々利用者と向き合っており、経営者同様、親身に支援をする方が多くいます。

また、事業所の経営不振は従業員の不安をあおり、サービスの低下につながりかねません。M&Aで事業を継続することにより、従業員の雇用の確保、心理的負担を軽減することができます。

売却・譲渡益の獲得ならびに個人保障・担保等の解消

M&Aで事業を売却すると、売却益・譲渡益など、対価としての現金を獲得できます。それにより、新たな事業への投資経営者の引退後の生活費を賄うことが可能です。ただし、事業譲渡では、譲渡益は経営者個人が手にすることができない点は注意が必要です。

また、経営者が個人保証・担保をしている場合、倒産は経営者自身の破産に当たります。長年、経営してきた事業所は、経営者の人生そのものであり、倒産は人生の大きな指針を失わせかねません。M&Aにより、経営者自身の人生、資産、生活を守ることも、売却の大きなメリットです。

買収側のメリット

M&Aで訪問介護事業所等を買収するメリットは、大きく以下の3点となります。

1.介護事業の迅速・スムーズなスタート

介護事業には独特の規制等があり、異業種から介護事業に参入する場合は、こうした知識・ノウハウがないことが不安要素のひとつとなります。M&Aで買収することにより、買収先の知識・ノウハウも手に入れられ、迅速・スムーズに参入することが可能となります。

2.介護サービスの展開ならびに人材確保

同業種のM&Aでは、新規エリアの展開や拡大が大きなメリットです。小・中規模訪問介護事業所は地域密着型の事業がほとんどです。新たなエリアの獲得は、事業の展開に大いに役立ちます。

また、買収先の人材も獲得できることから、人材を自社の業務に組み込むことにより人材不足が解消され、より安定したサービスが可能になるとともに、買収先の人材が不足している場合にも、自社のスタッフを投入することができます。

3.立ち上げに際しての赤字期間の回避

事業を立ち上げるためには多額の初期投資が欠かせません。訪問介護事業所においても、土地・建物・設備投資、広報費用等が必要です。しかし、M&Aによって事業を買収すると、立ち上げに際しての費用がかからず、買収先が黒字経営であれば、赤字期間を回避することも可能となります。

従業員のメリット

M&Aによる売却側の従業員のメリットとしては、大きく以下の2点となります。

1.経済的・心理的不安の解消

売却側が経営不振でM&Aを検討している場合は、勤め先の経営悪化により、従業員は経済的・将来的な不安に襲われていることもあります。

M&Aでは、現在よりも規模の大きい事業者に買収されることより、従業員の雇用や待遇の継続・改善が見込めるため、経済的・将来的な不安が解消される可能性があります。
また、仕事内容の継続が図られれば、心理的安全性も保たれます。

2.資格取得サポートならびにキャリアアップ

M&Aで大手企業に買収された場合、制度が充実していることから、資格取得などのサポートを受けられる可能性があります。資格取得はキャリアアップならびに給与アップにつながることから、従業員のモチベーションの向上を図れることも大きなメリットです。

訪問介護・デイサービスのM&A取引相場

M&Aの取引相場は、売却先の事業規模や経営状態により左右されます。また、社会的要因でも相場は変動します。

訪問介護業界は需要が高く、現状は相場が下がっているということはありません。地域密着型事業所も多いことから、相場より高値の取引となる傾向も見られます。最終的には売却価格は交渉により決まります。

訪問介護におけるM&Aの売り案件の例をお伝えします。

売上高 譲渡希望額 譲渡希望額÷売上高
案件1 1000万円 300万円 0.3
案件2 3000万円 500万円 0.17
案件3 5000万円 7500万円 1.5
案件4 6000万円 2000万円 0.33

訪問介護のM&Aを行う流れ

訪問介護のM&Aの流れは、以下の通りです。

①相談
相談では、会社の強みや財務状況、売却先の企業像、希望譲渡価額などのヒアリングが行われます。事前に情報をまとめておきましょう。

②秘密保持契約の締結
売却候補先の企業に、自社の情報を無断で話されることがないように秘密保持契約を締結します。締結後、会社情報を提示し、具体的な打ち合わせに入ります。

③基本合意書の締結
売却候補先の企業に打診し、秘密保持契約を締結後、交渉に入ります。双方とも、大筋で条件が合意できた場合に基本合意書を締結します。なお、基本合意書は、合意内容の確認書として位置づけられており、法的拘束力はありません。

④デューデリジェンス
基本合意書の締結後は、買い手企業による自社の経営状況や人事、労働環境、M&A後に削減できるコストなどに対する調査(デューデリジェンス)が行われます。

⑤最終交渉・最終契約書の締結
デューデリジェンスの結果を踏まえ、最終交渉へと移ります。問題がなければ、基本合意書の内容通りに最終契約書が締結され、M&Aが成立します。ただし問題がある場合、基本合意時よりも譲渡価額を下げられたり、交渉決裂となったりする可能性が高くなります。

⑥M&Aの実行
M&A成立後、契約内容が履行(クロージング)されます。売り手企業は譲渡手続きを、買い手企業は対価を支払います。

まとめ

介護業界はほかの産業と異なる特性があるため、介護業界のことをよく知る専門家に相談するのがベストです。専門家によるコンサルティングを受ければ、第三者的な観点から有益なアドバイスを得られます。また、専門的な知識や豊富な経験によるノウハウを共有してもらえれば、今後の経営に役立ちます。

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