訪問看護業の動向とM&Aの現状
訪問看護の受給者数は右肩上がりで増加しており、訪問看護事業者も増加傾向にあります。公益財団法人日本訪問看護財団の調査によると、2021年現在では、指定訪問看護事業所である訪問看護ステーションは12078事業所数、みなし指定事業である医療機関(病院・診療所)と併せると、13,444か所となっています。
また、訪問看護ステーションは2010年以降の10年で約2倍に増加していますが、医療機関は微減傾向にあり、訪問看護サービスの90%以上は訪問看護ステーションが提供している現状です。
なお、訪問看護ステーションの規模を見ると、39人未満が約35%を占め、小規模事業所が多くなる一方、利用者数100名以上の訪問看護ステーションが20%と、規模の拡大も伺えます。
そうした中、業界では看護人材の獲得が課題とされていますが、ニーズがある、設備投資が少ない、経営資源の獲得などの理由からM&Aの買収ニーズも高まりつつあります。
出典:「訪問看護の現状とこれから 2022年版」(公益財団法人日本訪問看護財団)
訪問看護業のM&Aを行うメリット
地域で在宅生活を続ける患者さんの日々の暮らしを支える訪問看護業は、高齢化の進捗と在宅医療が進む昨今、非常に高いニーズがあります。ここからは売り手・買い手それぞれのメリットをご紹介します。
売り手側のメリット
①廃業するより費用面での負担が少ない
廃業となれば、利用者を徐々に減らしつつも、営業自体はある程度の期間行う必要があります。その期間に係る人件費、経費などの負担を回避・軽減できます。
②利用者へサービスの提供を続けられる、スタッフの労働環境を守る
また、廃業となった場合、利用者はサービス提供を受けられず、日々の生活が脅かされます。また、スタッフも行き場をなくし、経済的に困窮する恐れもあります。M&Aにより、利用者はこれまで通り安定した生活を送ることができ、スタッフの労働環境も一定守られます。
③後継者不足の問題を解決できる
自身が高齢になり、後継者もいないことから事業所の継続が困難であるにも関わらず、目の前の利用者・スタッフを考えると、なかなか決断できない経営者は多くいます。そして、決断までに時間を要している中で経営状態が悪化し、廃業・倒産とならざるを得ない場合もあります。
M&Aにより、後継者不足の問題がなくなり、利用者・スタッフの現状を維持できるのは、経営者としてのメリットにつながります。
買い手側のメリット
①訪問看護ステーションの拡充や新たな事業の柱として追加できる
現在、訪問介護業界では、関連性の高い業種とのM&Aが活性化しています。買い手側としては、自社の訪問看護ステーションを拡充することや、訪問看護ステーションを新たな事業の柱とすることで、企業の事業規模の拡大を図れます。
②人材やノウハウ、オフィスなどの経営資源の獲得
介護関連の経営をしている場合、M&Aによって経営資源を獲得できます。主に以下がメリットとしてあげられます。
・買収先のノウハウを活用することで収益性が増加する
・サービスの品質が向上する
・オフィスを獲得できる
・シナジー効果が期待できる など
訪問看護業のM&A手法
訪問介護業のM&A手法に関しては、一般企業における手法と同様の手法を用いることが可能です。それぞれの手法における特徴について解説します。
株式譲渡
株式譲渡とは、自社が有する株式を買い手企業に譲渡(売却)して経営権を移転する手法です。株式の経営権が移転するだけなので煩雑な手続きが不要であるのがメリットです。一方で、買い手企業は売り手側の資産を選択できないため、未払給与などの簿外債務を引き継ぐリスクもあります。
事業譲渡
事業譲渡とは、自社の事業の一部あるいは全部を買い手企業に譲渡する手法です。譲渡範囲を自由に選択できるので、売り手側としては、特定の事業や資産を処分したい場合に活用できます。
一方、買い手企業としては、不要な資産や簿外債務は引き継がず、買収したい事業のみを取り入れることができます。ただし、契約に際しては、スタッフや顧客等それぞれの同意が必要となり、M&A成立まで時間を要する恐れもあります。
その他の手法
他にも、会社分割、合併、株式交換、株式交付、第三者割当増資など、M&Aではさまざまの手法が存在しています。状況に応じて最適な手法を選択するのが重要です。
訪問看護業がM&Aを行う流れ
訪問看護業がM&Aを行うにあたり、所定の流れに沿って進めていく必要があります。M&Aの実施においては相応の期間を要することがありますので、下記を参考に準備を進めていきましょう。
①M&Aの仲介業者の選定・相談
訪問看護のM&Aでは専門的な知識が必要になります。信頼できる仲介業者を選定し、相談することから始めましょう。
②自社の把握、売却希望価格等の希望条件をまとめる
自社の権利関係や簿外債務などを把握し、売却希望価格や従業員の処遇などの希望条件に付いてまとめておきましょう。
③買い手企業の選定・交渉
M&Aの仲介業者のネットワークから、条件に合った買い手企業を選定します。その後、買い手側との交渉に移ります。この時点で、売り手側は自社の経営状況など、情報開示を行い、買い手側の検討に入ります。
交渉が進むと、双方の経営陣が顔合わせを行うトップ面談へと移行し、双方とも前向きな場合は本格的な交渉に入ります。
④基本合意書の締結
交渉の結果、双方より交渉内容についての合意が得られると、基本合意書を締結します。こちらは最終的な決定事項ではなく、現段階の交渉内容についての合意を示す契約書です。
⑤デューデリジェンスの実施
デューデリジェンスとは、売り手企業の企業価値や経営リスクを把握するために行う企業調査です。買い手企業が専門家を派遣して調査を実施するもので、調査対象は税務・法務・財務などと広範囲に渡ります。
⑥最終契約書の締結
デューデリジェンスの結果、問題がなければ、最終契約書の締結となります。最終契約書は法的な効力を持つもので、この内容に沿ってM&Aが成立します。
このように、M&Aが成立するまでには、十分な準備や進行が必要なので専門家に相談するのがおすすめです。
訪問看護ステーションのM&Aの売却価格相場
訪問看護ステーションの売却相場については、時価純資産に営業権を加算した買収価格の算出となりますが、実際の訪問看護ステーションが持っている価値の算定もプラスアルファされる要素となります。
特に価値については交渉の際のカードとなりますので、明確な打ち出しができるようにまとめておくことも有用です。
年買法(年倍法)による算出方法
年買法とは、時価純資産に営業権(営業利益の3~5年分)を加算して買収価格を算出する方法です。営業権は企業のノウハウやブランド、情報、人材などの無形資産を指します。年買法の結果を相場として考えるケースが多いので、M&Aでは多く活用されています。具体的には、下記のように計算します。
①時価純資産を算出する
簿価純資産(800万円)+土地の含み益(200万円)=時価純資産(1,000万円)
②営業権(営業利益×3~5年分)の算出
営業利益(300万円)×3年分=営業権(900万円)
③買収価格(企業価値)の算出
時価純資産(1,000万円)+営業権(900万円)=買収価格(1,900万円)
企業価値の算定手法
企業価値の算定方法は大きく分けて3つあります。
①コストアプローチ
純資産をベースに評価する方法で、簿価純資産法・時価純資産法がある。
メリット:客観性に優れる
デメリット:将来の収益性および市場の状況が反映されない
②インカムアプローチ
将来獲得すると思われる利益やキャッシュフローをベースに評価する方法で、DCF法や配当還元法がある。
メリット:将来性を反映させやすく、特有事象を価値に反映できる
デメリット:恣意性を排除できない
③マーケットアプローチ
類似した上場会社や取引をベースとして比較・評価する方法で、市場株価方、類似会社比較法などがある。
メリット:客観性に優れ、市場の状況を反映できる
デメリット:個別事象を反映できず、類似会社がない場合には利用できない
まとめ
専門家によるコンサルティングを受ければ、第三者的な観点から有益なアドバイスを得られます。介護業界は他の産業と異なる特性があるため、介護業界のことをよく知る専門家に相談するのがベストです。専門的な知識や豊富な経験によるノウハウを共有してもらえれば、今後の経営に役立ちます。
土屋総研は、日本全国で福祉に携わる株式会社土屋グループの総合研究部門です。福祉サービスを利用する方の地域生活を維持することを目的として、共に地域を支える同業者へのコンサルティングも比較的安価で行っています。
土屋グループは、多数の事業承継、M&A実績や、同業者へのコンサルティング実績があり、グループ内にも訪問看護ステーション、人材教育研修機関を有しております。事業の立て直しや人材不足の解消、後継者不足、事業承継、事業の買収・譲渡(M&A)など総合的なサポートが可能です。ぜひご相談ください。