そもそもなぜ社会に多様性が必要なのか?
㈱土屋の顧問を務める横浜市立大教授・影山摩子弥氏を招いた顧問会主催社内セミナーは、11月22日で最終回を迎えました。
これまでは障害者雇用の事例やシナジー効果についてレクチャーいただきましたが、今回は「そもそもなぜ社会に多様性が必要なのか」との視点でお話いただきました。
多様性には「3つの意味」があるそうで、順を追って説明してくださりました。
ダイバーシティの意味①:労働力の確保
まず多様性、ダイバーシティが語られるようになった歴史的な経緯から紹介していきます。米国では1960年代に人権論の観点から人種問題が取り上げられましたが、一方、日本では主に「女性活躍」の文脈で議論されてきました。男女雇用機会均等法や育児休業法などをつくり、働く現場でも女性に活躍してもらおうという文脈です。
背景には、生産年齢人口の減少による人手不足があります。特に中小企業へのしわ寄せが大きく、ダイバーシティを求める声が上がり始めたのです。
これまで雇用する対象とみなしてこなかった多様な人々に着目するようになった、ということですね。一方、非正規雇用の女性が多く、男性との収入には依然として差があるほか、働きながら育児がしにくいなどの問題が残っています。
ダイバーシティの意味②:最小有効多様性の確保
組織が環境に対応しながら存続していくためには、組織そのものに多様性を持たせなければならない、と言われています。たとえば同じ製品を作り続けているだけでは、変化するマーケットに対応できなくなっていきます。
ニーズが多様化していく中、組織にも多様性がなければならないのです。このことを「最小有効多様性の確保」と言います。
最小有効多様性の例として以下のものが挙げられます。
- 中高年の女性向け製品を開発するケース ⇒男性だけで話し合わず、ターゲットと同じ属性の人を採用・登用する
- 多様化する顧客のニーズをとらえるために新しい視点で提案をしたいケース ⇒これまで自社にいなかった他業界の人や女性、他国籍の人を採用してアイデアを出してもらう
- 多様な人材を活用するための就労環境を整備したい ⇒ターゲットに合わせて、多国籍の人、障害者、子育て中の女性などを採用・登用する
なお、②と③は対顧客の市場や労働市場という環境に対応するための方策ではありますが、②は製品やサービスに関するイノベーション、③は人的資源管理のノウハウを生み出すイノベーションという、ダイバーシティの3番目の意味の面も持ちます。
ダイバーシティの意味③ イノベーションが起こる
私が障害者雇用で特に着目している点でもあります。多様な視点が出会うことで、あらたな発想が浮かびやすくなります。あらたな発想は、マーケットのニーズをとらえるのに不可欠です。
これまでの日本の経済成長の推移を見ると、1980年代ごろから鈍化、90年代にバブル崩壊の影響でガクッと落ち、その後は長らく低成長を続けています。この低成長を打開するには、イノベーションが必要です。
現在、日本では「ジョブ型」の働き方が提唱され始めています。これには良い面もありますが、短所もあります。これまで日本企業では、社内で色々な仕事を経験し、メンバー意識を高めるといった働き方が主でした。人手が足りないチームがあれば、他の人が手伝うこともありました。
一方ジョブ型は、ある特定の仕事に集中してもらうことで生産性を高めていくものです。ただ、極端な形で進められると、いわゆるフォーディズムのようになり、ライフ・ワーク・バランスを支える成果主義とは異なるタイプの成果主義とも結びつきやすくなります。
つまり、上意下達のしくみの下で、従業員に成果主義ではっぱをかけ、一人一人は自分の仕事にのみ集中し、従業員同士はライバル関係になります。これではシナジー効果が起こりません。
新たな発想は、個人間のやり取りによって生まれます。かつての日本企業は、この方法で成長してきました。効率を上げたり、新商品を生み出したりするために、チームでディスカッションする。
チーフは従業員の意見を尊重しつつ取りまとめる。対等な関係であればあるほど、互いを高め合いながら新しいアイデアを生みやすくなります。今、この手法が改めて大事になってきています。
では、どうすればイノベーションが起こるのか。少し「変わった」人がいるだけでは起こりません。そういった人に「もう少しみんなに合わせてね」と指導していては、なおさら起こりません。
大切なのは考え方です。例えば、組織内で意見の対立が起こったとします。その際、相手の意見をつぶそうとしないこと、そして自分の意見を引っ込めないこと。
まず相手の話をよく聞き、「一理あるかもしれない」と考えることが大切です。そして相手の意見に自分の観点を包摂させ、組み込ませる方法はないか考えます。スマートフォンは、携帯電話とパソコンの両方の要素を掛け合わせる形で作られました。これがイノベーションなのです。
今回、ダイバーシティの意義は
- 労働力の確保、
- 最小有効多様性の確保、
- シナジー効果-
の3点あるとお話しました。これまでのセミナーで取り上げてきた障害者雇用は、この3点いずれにも当てはまります。マーケットが複雑化し、経済の低成長が続く現在、ダイバーシティが必要とされるのにはこういった背景があるのです。
仕事しているとどうしても「楽がしたい」と思って効率化を追い求め、一見非効率的に思えるものを切り捨ててしまいがちです。
上司が意見を押し付けず、多様性を「運用」していく力をつけることが重要です。部下に「こうして」と指示するのではなく、「どうすれば良いのか、方法を考えてみて」と促すと、部下はミッションを果たそうと動くようになります。たしかに多様性やイノベーションは、とても「面倒くさい」部分があります。そこをうまくコントロールする力が、今の企業に求められていると思います。