障害って何?障害者って誰?

障害って何?障害者って誰?

元宮城県知事・土屋総研 特別研究員
浅野史郎

「障害って何?」、「障害者って誰?」ということを改めて考えさせられた映画を観ました。東京大学先端科学研究センター教授の盲ろう者・福島智氏の半生を描いた作品「桜色の風が咲く」です。

9歳で光を失い、18歳で音を失った青年・智が、絶望の中でしぼりだした言葉、

「僕がこういう障害になったのは、こういう僕じゃないとできないことがあるからちゃうやろか。僕が生きる上での使命があるなら、それを果たさなければならない」。

盲・ろうという障害を克服するというのではなく、障害をそのまま受容したうえで、自分の使命に気がつくのです。

母・令子が指点字で「さ・と・し・わ・か・る・か」と打つのに対して、智が「わかるで」と答える場面も感動的です。指点字というコミュニケーション手段が生まれた瞬間です。見えない、聞こえないということで、外界から閉ざされていた智にとって、指点字は外界に出ていくための大きな力になりました。

障害当事者は,自分の障害をどうとらえているのでしょうか。海老原宏美さんの言葉がとても示唆に富んでいます。

海老原さんは、脊髄性筋萎縮症Ⅱ型という難病をもって生まれました。全身性の障害であり、呼吸のための筋肉が弱いので人工呼吸器を使っています。その海老原さんが言います。

「私の場合、障害は乗り越えるものではなく、共にあるものです。『乗り越える』というと、障害が『乗り越えなければいけない不幸』のように感じられます。それは、私の気持ちとはちがいます」。

私たちは、重い障害を持った人ががんばっているところを見ると、「障害を乗り越えてがんばっている。えらいね」などと言いがちです。海老原さんに叱られそうです。彼女の言葉は、がんばり過ぎてつらくなっている障害当事者に向けたものかもしれません。その海老原さんは、講演先の札幌で2021年12月24日に亡くなりました。44歳でした。

「障害は不幸ではない、不便なだけだ」(ヘレン・ケラー、乙武洋匡)というのは、障害当事者の言葉です。障害がある私をあわれでかわいそうだと憐れまないでください。ただ不便ではあります。そこのところを助けてください、ということですね。

不便なところがあるから助けるのであって、かわいそうだから助けるのではない。障害当事者は、「かわいそう」と言われることをいやがります。自閉症の子を持つ父親が「かわいそうとは差別のことよ!」と怒りの言葉を発した現場に私は居合わせました。

障害って何? 障害者って誰?と深く考えさせるのが、アール・ブリュットとさをり織りです。
アール・ブリュット、直訳すれば、「生の芸術」です。知的障害、精神障害の人たちが制作した絵や焼き物などの作品が、国際的にも高く評価されています。「障害者なのに、健常者に負けないいい作品だ。えらいえらい、感動した」といった反応は、「障害者のアート展」でよく聞かれます。アール・ブリュットはこれとは全く違って、作品そのものが高く評価されるのです。

絵を描くのが好きだから、楽しいから彼ら(障害者)は描くのです。上手く描いてやろう、褒められたいといった「邪心」はまったくありません。だからこそ、彼らの作品は人の心を打つのです。プロの画家が彼らの作品を見て「負けた。彼らには勝てない」と敗北宣言をするのも無理もないことです。

彼らには、競争心を持たない、上手く描こうとしない、評価を気にしないといった能力があります。その能力ゆえに、彼らの作品は光り輝くのです。

さをり織りにも同じことが言えます。考案した城みさをさんが説明します。

「自分の好きな色を好きなだけ織る、機械でできない、人間でなければできないことを好き勝手にやる、とらわれなければ、こだわらなければ、面白いように自分を表現できる」。

さをり織りを始めてしばらくして、彼女は「心障者」に出会います。三角形も書けない、自分の名前も書けない、ことばが無い、精神年齢が3、4歳という重い障害者が暮らす施設の先生に頼まれて、さをり織りを持ち込みました。それから一月、出来上がった作品を見て彼女自身が衝撃を受けます。「すごい、すごい。参った、参った」と。

「健常者」は、「思いのままに、こだわらず、捉われず」を実践するのがむずかしい。心障者は、考えもせず、織ったあとを思い悩まず、ひたすら楽しく織ります。城さんはこれを心から羨ましく思うのです。障害を持つ故に、いくつになっても美的感覚を持ち続けるというプラス面を見つめようと訴えるのです。
 
「障害って何?」、「障害者って誰?」の問いに模範解答はありません。そんなことより、「障害者はかわいそうな存在」、「重度の障害者は何もできない」、「障害者はいないほうがいい」といった先入観を払拭して、障害者の真の姿を見るよう努めるべきです。

自分は間違っていたのではないかということに気がつけばいいのです。それが正解です。

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