より『見える化』するために──横浜市立大学CSRセンターの立ち上げ
横浜市立大学都市社会文化研究科教授
影山 摩子弥
横浜市立大学都市社会文化研究科の教授であり、土屋総研特別研究員として企業のCSR、SDGsについて研究・発信している影山 摩子弥。多数の著書を出版し、自治体や業界のCSRの認定制度の創設に参画、国内外でセミナーを行っています。そんな影山が、これから目指す社会について語ります。
現在、企業のCSR、SDGsを研究している影山。これまでの経緯を紐解いていきましょう。
影山 「元々は経済原論及び経済学方法論が専門で、経済システムや労働経済についても研究していました。これまでの研究を活かしつつ、実践的なことにつなげるため、『CSR(※Corporate Social Responsibility)』の研究に2000年代の中盤から取り組み始めました」
※Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任
経済について研究していた影山がCSRに着目した理由は、社会と企業、それぞれの利益が関係していました。
影山 「CSRに着目した理由は、『社会の課題に答えていくことが、企業の生き残りにつながる』と考えたから。昔は企業が生き残るために、公害を引き起こしたり、社員が過労で倒れてしまったりしても『それでも会社が伸びるためにはしょうがない』という風潮があり、社会の利益と企業の利益がぶつかり、その結果、『利潤追求は悪だ』と言われるようになりました。
けれども、実は、社会の利益と企業の利益が重なる領域があるのです。『社会と企業の利害は一致する』という観点を広げていくということを自分の研究の課題にしました」
2006年には横浜市立大学CSRセンターを立ち上げた影山。注力したのは社会貢献・地域貢献の「見える化」でした。
影山 「大学ではさまざまな地域貢献をし、市の審議会などにも出席するなかで感じたのは、今まで『見える化』が足りなかったということ。2006年にCSRセンターを立ち上げた当初は、5人の教員が集まって、有限責任事業組合(LLC)という民法上の組合を設立し、活動していました。
続けていくうちに事業が拡大していったので、法人化することに。現在は私がセンター長に就いて合同会社として事業を展開し、企業の効果的な取り組みの支援や、行政から相談を受け地域を活性化する地域CSRの仕組みを設計するといった業務に加え、国内外の企業・行政を対象としたセミナーを行っています」
土屋総研との運命の出会い。『これができるのは私しかいない』
影山が土屋総研に関わるようになるきっかけは、大学院生時代までさかのぼります。
影山 「土屋の現取締兼CCOである古本 聡さんとの出会いが、土屋総研に関わるきっかけです。古本さんとは早稲田大学の研究室で初めて出会い、親しくさせていただきました。当時は古本さんの家に泊まりに行き、お母様の手料理をいただくこともありましたね。古本さんは物事を厳しく分析的に捉えるのですが、非常に見識豊かで良識的な方です」
実は、古本は脳性麻痺による四肢障害を抱える車いすユーザー。旧ソ連で約10年間生活し、内幼少期5年間を現地の障害児収容施設で過ごしたという経験や、障害者自立生活のサポート役としてボランティア、介助者の勧誘・コーディネートを行った経験を持ちます。大学卒業後は、翻訳会社を設立。2016年より介護従事者向け講座、学習会・研修会等の講師などを行っている人物です。
影山 「古本さんは大学を離れましたが、私は博士課程に進み研究を続けました。その後、海外からもお声がかかり、外国語で論文を書いたり海外で講演をしたりすることが増えてきたため、古本さんに翻訳をお願いしようと思ったのですが、連絡先が分からなくなってしまっていたのです」
連絡先が取れず困っていたちょうどそのとき、偶然、古本から連絡がきたことでタイミングが合致するのを感じたという影山。その後はとんとん拍子で話が進み、土屋と関わることになりました。
影山 「古本さんの依頼なら私はもうなんでも受けるつもりでしたから。古本さん曰く、一般的なコンサルタントではなく、新しい知見を持っている人、しかも深い知見を持っている人が必要だということで声をかけてくれました。今の時代、CSRは企業が生き残って行くための重要な観点、つまり経営戦略です。しかし、何をどのように取り組んだらよいのかは簡単に把握できませんし、適切な戦略であるかどうかの評価も必要です。そこを支えてほしい、と。
彼からこの話を聞いたとき、『これができるのは私しかいない』と思いました。土屋という会社が20年30年と中長期的に継続していくことは、重度障害者の支援にもつながります。必要とされる限り関わらせていただくことが自分にできる社会貢献の一つだと考え、決心しました」
中小企業がCSRに取り組む意義とは。ポイントは「社会との接点」
大企業ではない、中小企業がCSRに取り組む意義について影山はこのように話します。
影山 「確かにお金がある大企業の方が、大きなことはできます。しかし、大企業は形だけ取り組むだけであったり、『CSR=慈善事業』と誤解しているケースもあって、その結果、経営が悪化した途端にCSRへの取り組みが中止になることもあります。一方、中小企業は『しっかりと社会的貢献にも取り組まなければ倒産してしまう』ことを理解しています。経営者も現場と近いので、CSRがいかに経営と直結するかを肌身で理解できるし、期待に応えないと大変なことになると感覚的に知っているのですね。
たとえば、住宅建築の会社であれば、『地域の評価を上げないと発注が増えない→そのために地域の清掃活動を続ける→地域の人からの信頼を得られ発注がくる』という構図が成り立つケースがあります。中小企業の場合、社会からも見えやすく、企業もこの流れを理解しているので、メリットを社内で共有しやすいだけでなく、戦略評価も行いやすく、結果、継続できる。つまり、社会にとっても自社にとっても効果がある取り組みをしやすいのです」
「土屋の業務そのものがCSRであり、土屋の取り組みを社会に発信することが必要だ」と影山は語ります。
影山 「障害者雇用というより、土屋の業務に関わる研究とその発信がポイントなのではないでしょうか?この領域は、手当もそれほど高くない上にデリケートな業務で、人手不足。そこで、どうしたら良いサービスを重度障害者の方々に提供できるのか、どうしたら良い働き手を確保できるのかという点が課題になっています。つまり、土屋という企業がサスティナブルであるための条件やメカニズムを分析・発信していくこと自体が重要なのです。
土屋が土屋総研という組織を持ったのは非常に意味のあること。企業情報をちゃんと整理した形で発信し、それにより福祉サービスの質が上がっていけばそれこそ社会に対する貢献ですし、社会の期待に応えることにもなりますよね」
障害者の方の存在は、活力につながる──暮らしやすい社会の実現へ
影山 「土屋総研は重度障害者に対する支援、介護を行うだけではなくて、社会的包摂実現のための大きな役割を担っています。社会的包摂を進めることは、社会に多様性を生み出し、活力につながります。そのためにも、『障害者の方は戦力になる』という私の研究結果を、土屋総研を通して発信していき、差別を軽減していきたいと考えているのです」
障害者は業務の現場でも戦力になる──そう確信している影山。
影山 「企業活動の現場では、単純な合理主義が見られます。個々の社員の働きにのみ着目し『障害者は会社の負担になる』と考えるのです。『企業にも利益をあげて生き残っていく権利がある』という合理主義と、『障害者も同じ人間』『障害者にも人権がある』という考えは対立してしまいます。そうではなく、『企業が生き残るためにも、障害者を雇用したほうがいい』というロジックにもっていく必要があります。
実は、『障害者の方の存在は、会社全体の生産性を上げる』という効果があるんです。このロジックを用いると、合理主義の観点からも否定できなくなるのです」
「障害者の方と一緒に働くと会社全体の生産性が上がる」と聞いても、すぐにピンとくる人は少ないかもしれません。しかし、その理由を聞くと納得することばかり。
影山 「障害者の方が会社にいると、自然と皆が支え合うようになり、職場の心理的安全性が上がります。安心して働くことができると、仕事に集中しやすくなりますよね。また、受け止めてもらえるという安心感から、社員から意見が出やすくなるというメリットもあります。
たとえば、『放置しておくと事故につながるかもしれない』『これは改善した方がいいのでは』と思ったときに、発言がしやすい組織だとリスク管理やイノベーションにつながるのです」
最後に、影山がこれから実現したい社会・理想状態を聞きました。
影山 「人権と経済的利益は対立するものではなく、接点が見出せる、という研究結果を通して、みんなが安心できる社会を目指したいと思っています。土屋総研を通じて、社会的包摂について広めていきたいです」
こうした研究を社会に伝えていくことが、土屋の大きな役目だと話す影山。深い知見と広い視野で、誰もが暮らしやすい社会の実現に向けて発信し続けていきます。