【翻訳レポート】2021/10/20 パラリンピアンとドーピング(2022/2/9翻訳)

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ロシアのオリパラ選手のドーピング問題について

北京冬季五輪2022が閉幕し、2022年3月4日にパラリンピックが開幕します。
日本チームとしては最多のメダル数となったようですし、各種目のアスリートたちも印象に残る素晴らしい活躍を見せてくれたと思います。一方で、妙に強く、本稿筆者である私の記憶に焼き付いてしまったのは、ロシア(正確にはロシア五輪委員会=ROC)フィギュアスケート女子シングルのカミラ・ワリエワ選手によるドーピング問題です。

今回のドーピング問題の詳しい経緯や事実関係はまだ明らかになっていませんが、そもそもロシア人選手たちが世界的祭典で自らの国名を名乗れなくなったのは、正にこのドーピングが組織的に行われていたという事実が正式に認定されたからなのに、「懲りない人たちだなぁ・・・」という呆れと、「15歳のまだまだ子どもに薬かよ」という憤りを覚えます。

筆者には、上記以外に、今回の事について深く考え込んでしまう理由があります。それは、今から6年前に開催されたリオデジャネイロ・パラリンピック2016からロシアの選手の殆どが排除されたことを、今回の問題で思い出したからです。

偶然にも、8年前にドーピングで国際大会から排除されたパラアスリートたちの、その後の状況が推察できる記事をネットで見つけることができたので、その一部を和訳して引用の上、ご紹介したいと思います

なお、本稿中、特に引用文の中で、現在日本国内では不適切とされている表現や文言があったとしても、それらは該当国の文化、障害者・病者を取り巻く実情を伝えるために敢えて変えずに記したことをここに予め申し述べておきます。

引用元:
https://www.sport-express.ru/paralympics/news/radi-zolotoy-medali-paralimpiycy-gotovy-na-vse-prezident-federacii-futbola-invalidov-rossii-o-dopingovyh-skandalah-1848225/
(引用文の和訳)

(引用開始)
【”パラリンピアンは金メダルのためなら何でもする”
「ロシア障害者サッカー連盟の会長がドーピングスキャンダルについて語る」
アレクサンドル・クルズコフ(2021年10月20日)

ロシア障害者サッカー連盟の創設者でもあり常任会長のゲオルギー・ルナチャルスキー氏は、インタビューに応えて、ロシアの多くのパラリンピアンがドーピングに走ってしまう理由を次のように語った。

Q:パラリンピック競技におけるロシア選手団のドーピング問題は、今だに続いているのでしょうか?

A:私はロシア・パラリンピック委員会の名誉委員で、会議にも出席しますので、すべてを熟知しています。

Q:では、詳細を語ってください。

A:なぜパラリンピック選手が、金メダルのためならドーピングも辞さないのか?それは金銭的な報奨面で、オリンピックのメダリスト達と同等だからです。4百万ルーブル(1ルーブル=1.5円)の報奨金と、生涯に渡り月額3万2千ルーブルの年金も支給されます。さらに豪華なアパート(日本で言うとマンション)、自家用車など、様々な特典が与えられます。

Q:誘惑は大きいと・・・。

A:まさにそういうことです。中には、慢性疾患や医者の診断を名目にして、狡猾に禁止薬物を使用する人もいますし、また、コーチや医師と契約を交わして実験台に自らなる人もいます。

Q:報奨金がオリンピック選手と同じなんですね?

A:そうなんですよ。簡単に説明しますと、ある選手がパラリンピックで優勝したとします。でもしばらく時間が経ってからドーピングが発覚してメダルがはく奪されます。そして出場資格もなくします。しかし、なぜかこの国ではこのような「憐れな」人たちを罰しないのです。彼らは報奨金や年金、アパート、車を手放さずに済み、特典も維持されます。それが一般社会の大きな不満を呼び起こしてるんです。あの人たちは自分たちが国を貶め、同胞から五輪大会のような世界的な舞台に参加する権利を奪っているという事実を考えないのです。金銭的な利益を真っ先に考えるんです。特にソチ・パラリンピック後は、様々なスキャンダルが表面化して社会問題になっています。】
(引用終了)

旧ソ連時代から現ロシアに至るまで、かの国では障害者の人権も市民権も無いに等しい状態にあったと言えるでしょう。ドーピングをしたパラリンピック選手の殆どが障害者収容施設で育ち、才能のある人たちだけがようやく表舞台に出られたのです。それまでに彼らは想像を絶するほど過酷な訓練を受けさせられ、また医者や指導者に従順になるよう教育されます。

もともと障害者に対する差別と偏見が根強いお国柄ですが、そんな中でも2014年3月のソチ冬季パラリンピック開催を機に、障害者の生活改善に関心が芽生えたばかりでした。次のリオデジャネイロ夏季大会からのロシア・パラ選手団排除は、障害者に関する社会意識の向上を図る上では逆効果になってしまったようです。

しかし、いくら何でも、障害者がまともな生活を営めるようにするための十分な施策がないにも関わらず、引用記事にあるように、まるで守銭奴のような言われ方は、あまりにも酷いと思うのは筆者だけではないでしょう。

近年,パラリンピックは障害者福祉のイベントという枠内から大きく脱却し,極めて競技性の高いスポーツの世界的大祭典として徐々に認知されるようになってきました。しかしその競技性が高まってきた中で勝敗に対する執着は,ときにパラアスリートを、ドーピングをはじめとする不正行為に走らせてしまうこともあるでしょう。

一般的に言って、ドーピングをしてしまう背景には,「アスリートの勝利への熱望」、「勝利した際に得られる報酬の増加」、「国家がアスリートの自由意思を束縛してしまうこと」があると思われます。言い換えれば、勝つことにしか意味を見出さない過度の勝利至上主義、スポーツの商業化や国民的栄誉として称えられ、それにより手にする報酬が瞬時に大きくなり,また,世界大会やオリンピックなどがスポーツによる国威発揚の場として考えられるようになった結果、アスリートの意思に関係なく競技力向上施策がとられることです。

しかしその一方で、障害者スポーツの世界には独特の状況が有り、それについては一般社会の深い理解を求めなければならないことも事実です。具体的には、強靭なパラアスリートの中にも, 障害に関連した病や合併症の治療、怪我や感染症で身体の状態が悪化するのを防ぐために、薬物をやむを得ず使用するしかない人たちが少なからずいる、ということです。

アンチ・ドーピング機構では、そんなアスリートに対して薬物の治療使用特例を設けていて、 以下の条件にあてはまることが承認されれば違反とはならないのです。
1.治療上使用しないと重大な障害を及ぼすことが予想される
2.ほかに代えられる合理的な治療法がない
3.使用した結果,健康を取り戻す以上に競技力を向上させることがない
4.ドーピングの結果生じた副作用の治療ではない
『日本アンチ・ドーピング機構ホームページ(日本アンチ・ドーピング機構 | Japan Anti-Doping Agency (JADA) (playtruejapan.org))より引用』
しかしながら、上記のような規定も、パラアスリート一人一人の人権、意思、生活が十分に尊重されてはじめて、そもそもの効力を発揮するのではないでしょうか。

ちなみに、筆者はしばしば、「お前はロシアが好きなのか嫌いなのか、どっちだ?」と聞かれることがあります。そうした時にこう答えます。「好きでも嫌いでもなく惹かれている」と。
人間の矛盾し合う感情と行動の全てを目の当たりにし知ろうと思ったとき、これほど適した国はないと言っても過言ではありません。あそこには、人間の最悪の野蛮さや堕落から、最高の熱意や希望、無私のヒロイズム的行為まで、全てが揃っているのです。

(本稿執筆者・引用部分翻訳者:古本聡)

#ロシア
#障害

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