【翻訳レポート】2017/8/27 米国の新しい人工呼吸器(2022/2/1翻訳)

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米国における新しい人工呼吸器技術の開発

数ある難病の中でも、筋萎縮性側索硬化症(ALS)は独特です。身体の運動機能をコントロールする神経が死滅していくことにより、運動以外の機能は保たれたまま、呼吸筋まで侵されていきます。生活を続けていくためには、やがて人工呼吸器の助けが必要になります。
ところが、呼吸器を装着するかどうかの決断は、文字どおりこの先の人生をどう生きていくかの分岐点だとも言えるでしょう。

日本では、人工呼吸器治療は全ALS患者の約3割が選択すると言われています。世界各国における状況との比較では、実はこの3割という数字は高い方だとのこと。公的健康保険制度の有無や医療倫理、人間関係観や死生観の違いがその主な理由でしょう。また、1980年代から俄然勢いを増してきた、新自由主義を基盤とする自己責任論の蔓延も要因の一つだと思われます。

例えば、アメリカでは、人工呼吸器をつけて生きていくことは、莫大な医療費の負担を背負うことを意味します。さらには、「社会全体への負担増大、患者本人、プライマリーケアラーである家族のQOLが著しく低下する」といった声が支配的だと、何かの書物で読みました。日本では、国民皆保険、重度訪問介護制度の中で、アメリカよりは少し楽だとは思われますが、それでも身の回りの世話を中心に多くの費用がかかることは間違いないでしょう。

しかしながら、状況や価値観の違いはあれ、人間は病を抱えていても生き続けたいと願うはずです。生きることを続けるか否かの決断を、家族の負担や経済的な要因に支配されるのを止めたい、そのためには、多くの人にこの病気のことを理解してもらわなければなりません。

本稿では、そんなアメリカでも、「生きたい」という切なる人間の願いに応えるべく、新しい技術を取り入れた非侵襲式人工呼吸器の開発と、ならびに気管切開を伴った侵襲式人工呼吸器の肯定的な面について述べた記事がネットにあったので、その一部を和訳して引用の上、ご紹介したいと思います

なお、本稿中、特に引用文の中で、現在日本国内では不適切とされている表現や文言があったとしても、それらは該当国の文化、障害者・病者を取り巻く実情を伝えるために敢えて変えずに記したことをここに予め申し述べておきます。

引用元:
https://rtmagazine.com/department-management/clinical/als-care-ventilation/

引用部分の和訳:
【ALS協会によると、米国では年間約6,000人がALSと診断されている。(中略)ルー・ゲーリッグ病としても知られるALSは、一般的に40~70歳の間に発症するが、20代や30代の成人もこの病気の診断を受けている。

~ 中略 ~

■NIVによるモニタリング
ALSに対して最も広く用いられている介入方法の一つは、非侵襲的換気(NIV)である。この神経筋疾患では、全身の衰弱、労作時および安静時の呼吸困難、疲労と眠気、嚥下困難、気分の変化、特に夜間の換気低下など、呼吸不全に直接関連する多くの症状が現れる。

米国神経学会のALS診療ガイドラインでは、「患者の生存期間を延長する目的で、呼吸不全を治療するためにNIVを推奨しています」と、レスメッドの換気機器担当シニアプロダクトマネージャー、デニーズ・ハーツェルは語る。

「ALSは進行性疾患なので、多くの患者は、病気の経過を通じて利用できるレスメドのアストラル人工呼吸器のような生命維持装置を介したNIVを使っている。アストラルには、アラームや内蔵バッテリーなど、病気の進行に伴って重要になる安全機能が備わっています」とハーツェルは言う。一方で、呼吸モニタリング装置はメーカーにより機能が異なることが指摘される。

またハーツェルは、「補助機器を使用すれば、オキシメトリなどのパラメータを報告できます。レスメッドのデバイスは、365日分のデータをメモリに保存し、それをクラウドベースのAirViewプラットフォームを介して臨床医に送信する機能があり、臨床医は患者を遠隔監視したり、警告を受信したりできます」と付け加えた。

■デバイスのカスタマイズ
ALSと診断された患者には、それぞれ症状や課題がある。複数のプログラム設定、シンクロ機能、複数の回路構成など、カスタマイズ可能なベンチレータは、臨床医が患者一人ひとりのニーズに対応することを可能にする。

ALSの進行に伴い、より効果的な上気道管理を行うために、気管切開が必要になる場合がある。イタリアの研究者たちは、気管切開-間欠的陽圧換気法(TIPPV)で治療したALS患者の生存率中央値が49%であることを明らかにした。この研究では、「TIPPVは、NIVに耐えられない、または禁忌のある呼吸不全患者にとって長期生存を可能にする比較的安全な介入である」と断言している。さらに、患者と介護者は、ほとんどの場合、TIPPVを開始する決断に満足していた。

~ 中略 ~

■統合デバイス
ALS患者には、適切な換気と酸素供給に加えて、しばしば咳止め、吸引、ネブライザーが必要とされる。2013年、ベンテック・ライフ・システムズの創業者であるダグ・デブリースは、これらの問題を解決し、患者の移動を容易にするオールインワンデバイスの設計に取り組んだ。

デブリーズは、父親がALS患者で、この病気が患者と介護者の双方に与える影響を目の当たりにしてきて、研究開発を重ね、換気、酸素、咳、吸引、ネブライザーを1台の装置で実行できるベンテック・ワンサーキット(VOCSN)を開発した。

ベンテック・ライフ・システムズのクリニカル・リエゾンであるクレイグ・モリスによると、VOCSNは5kg以上の小児および成人患者を対象とし、病院から自宅まで持ち運べる重症患者用のシンプルで機動性に優れた人工呼吸器であるとのこと。

~ 中略 ~

VOCSNは、既存機器よりも70%軽量・小型で、最大9時間持続する内蔵電池を搭載、患者の移動性を高められる。さらに、VOCSNは回路を遮断することなく、タッチボタン操作だけで用法を切り替えることができ、感染症のリスクも軽減される。
モリスは、「VOCSNは患者の不安を軽減し、介護者が休んだり、患者との交流に多くの時間を使えます。」と述べている。

従来の技術では、介護者が複数の機器を学習し、監視・維持する必要があったが、VOCSN統合操作システムはそのプロセスを簡素化し、1台の機器で5つの治療法をすべてトラッキングし、また、介護者の機器操作の負担を大いに軽減できる。

~ 中略 ~

■技術の変化
スマートフォンの普及が人々の生活を大きく変えたように、VOCSNの統合という考え方は、新たな可能性を生み出し、患者ケアにおける日々の課題の多くを解消します」とモリスは言う。設定、管理、搬送、洗浄を1台の機器で行うことで、治療が数分どころか数秒で完了することも注目されている。】
(引用終了)。

このVOCSNの登場までは、人工呼吸器と咳止めが一緒に使えるなんて、誰も想像していなかったことだと、本記事の筆者は述べています。アメリカをはじめ多くの国々ではこれまで、気管切開を伴う間欠的陽圧換気法(TIPPV)は避けられる傾向にありましたし、またこの20年近く呼吸器ケアの世界には新しい技術が採用されてきませんでした。しかしながら今後は、これまでとは違う考え方で人工換気法技術の進化を促していかなければならないでしょう。

ALSは進行性の疾患なので、NIV、TIPPV、統合デバイスを進行段階に応じて使い分けていきながら、その過程で継続的なモニタリングが必要となります。臨床医、患者、介護者の生活の質を、急速に進歩する技術が向上させていくでしょうし、これらの新しい技術がALSと診断された人々の活きる選択を支えつつ命の持続を確実に図るのに役立っていくだろうと言えるでしょう。

生きるという選択を支えるには公的な介護サービスの充実も欠かせません。日本においても住む地域によって受けられる介護の手厚さに格差があります。障害者・難病者の中には、人工呼吸器のことはおろか、重度訪問介護制度の存在すら知らされていない実態も。様々な苦悩や迷いはあれど、どこにいても必要な医療と介護を受けることができ、家族の人生も尊重しながら自宅で安心して生活できる環境を整えることが大事だと考えます。そのためにも、上の引用のような研究開発事業は不可欠です。

(本稿執筆者・引用部分訳者:古本聡)

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