障害者の戦略化とシナジー効果②

障害者の戦略化とシナジー効果②

横浜市立大学都市社会文化研究科教授
影山 摩子弥

土屋の顧問を務める横浜市立大教授・影山摩子弥氏(経済学)は「障害者雇用は、企業や組織全体の労働生産性を上げる効果がある」と訴えます。

10月12日に第3回を迎えたマネージャーを対象とした社内セミナーでは、障害がある社員とない社員の「相乗効果」について紹介しています。

中小企業の場合、障害がある人を一人雇うだけで、業績がぐんと良くなるケースがあるそうです。

<講演>

前回のセミナーでは「障害者は企業や組織の戦力になる」という話をしました。今回は、障害者が職場で生む相乗効果について重点的にお話します。障害がある人自身の生産性は一見低く思えるかもしれませんが、実は組織全体の生産性を上げる力があるのです。

具体的な事例を見ていきましょう。

A社:職場の雰囲気が良くなる

あるお弁当屋さんの事例です。調理の現場は厳しく、社員間で派閥ができるなど、社内の雰囲気は殺伐としていました。ピリピリとした空気は、お客さんにも伝わっていたかもしれません。

このお弁当屋さんは、重度の知的障害者と軽度の知的障害者をそれぞれ一人ずつ雇いました。この2人をどう支援するかを考えていく中で、周囲が協力しあい、職場の雰囲気が次第に良くなっていったそうです。健常者も働きやすくなり、以降毎年黒字を更新するほど業績を上げていきました。

B社:職場環境改善+人材育成のノウハウ

ここはもともと成果主義が根強く、「〇〇ができなかったら給料を減らすぞ」といった脅しが横行する会社でした。これにより、社長と社員の信頼関係はだんだん薄れていきました。社員同士の会話も減ったそうです。大事なことを同僚に話してしまうと、相手の加点、すなわち自分の減点につながるおそれがあるためです。重要なことでも社員同士で情報交換をしなくなった結果、何と倒産寸前まで業績が落ちました。

なぜか社長はそこで、知的障害がある実習生を受け入れました。学力が小学1年生程度だった実習生に国語と算数のドリルを毎日やってもらい、社長が採点したそうです。実習生が少しずつ成長する様子を見ていると、自然と他の社員の成長にも目が行くようになったそうで、社長は部下たちに「〇〇ができるようになったんだね」などと声をかけるようになりました。声をかけられた社員は「こんなに見てくれていたんだ」と驚き、信頼関係は次第に回復していきました。

実習生が来たことで、社員間の会話も戻りました。お昼休みは、実習生を囲んでお弁当を食べます。実習生に仕事を教えるとき、社員同士の会話も生まれます。全体の業務パフォーマンスは上がり、倒産寸前だったこの会社はV字回復をとげました。ちなみに実習生は特別支援学校を卒業後、この会社に雇われたそうです。

C社:健常者も働きやすく事故がない職場に

発達障害がある実習生を受け入れた造園会社の事例です。周りの社員は実習生がけがをしないよう、チェーンソーなど危険な道具をすぐ片付けるようになりました。これはもちろん、他の社員のけが防止にもつながることです。実習生の受け入れは、組織のリスクマネジメントを促進する効果があったのです。

実は、リスクマネジメントはコストがかかるわりに成果が分かりにくいため、なかなか進めにくい分野だと言われています。それが実習生を受け入れたことで、すぐに変化が生まれたのです。

D社:適材適所で健常者の効率UP

デパートの事例です。従来、贈答用のリボン作りや伝票へのスタンプ押しは、社員がやっていました。クリスマスなどのシーズンは膨大な量をこなすことになるため、作業で疲れてしまい、良い接客ができなくなってしまったそうです。

そこでこの作業を、特例子会社に任せることにしました。障害がある人は、単調な作業でもペースを落とさず、品質を保って作業します。一方、障害がない社員は作業の疲労感から解放されて良い接客ができるようになり、顧客満足度が上がりました。

これらの事例から、いかに障害者が組織に良い影響を与えるかがわかると思います。他にもさまざまな効果があります。たとえば、障害がある職員を育成するノウハウは、障害がない職員を育てるノウハウにもつながります。

新卒の離職率が高いと言われる昨今ですが、そもそも仕事は楽しいことばかりではありません。目の前に生じたハードルを乗り越えられるよう、社員を丁寧に育てることが大切です。

障害者を雇うと、その人に合った形で仕事を教えることになります。この接し方は、障害がない職員の育成にもつながるのです。

「障害者がいると周囲の社員の生産性が上がる」という仕組みを、上の図で表現してみました。今回は便宜上、障害がない社員の能力を1、障害がある社員の能力を0・5としていますが、これはあくまで仮定です。当然ですが、障害者のほうが得意とする仕事もあります。

障害者の働きは0・5のまま一定。一方、障害者と一緒に働いた結果、障害がない社員の能力が20%ずつUPしたとします。

20%×5人なので、1人雇ったのと同じぐらいの効果がありますね。中小企業の場合、業績が上がるケースもあります。もちろん、障害者が働きやすい職場を作れていないと、この効果は得られません。

なぜこのような効果が生まれるのでしょう。さまざまな要素がありますが、中でも一番わかりにくいかもしれない「人間関係改善」の効果について説明します。

人間関係が改善されると、生産性が改善されると言われています。中でも最近特に注目されたのが、ハーバードのエイミー・C・エドモンドソン氏による「心理的安全性」に関する研究です。

心理的安全性とは、良好な人間関係が形成されていて安心できるかどうか、特にその環境で「発言しやすいかどうか」を指します。たとえば病院で医師が投薬量を間違えそうになったとき、看護師が「間違えていませんか」と指摘できれば、医療事故を防ぐことができますね。発言しやすい組織は、労働生産性が高いのです。

それからもうひとつ、発言しやすい環境ではイノベーションが起きやすいと言われています。たくさんの発言の中に、ダイヤモンドの原石のようなアイデアが潜んでいる場合があるからです。

では、障害者雇用に置き換えて考えてみるとどうでしょう。社内で障害がある社員と接触した人は「一生懸命働いている彼・彼女に合理的配慮をしなければ」との印象を持ちます(上の図の「倫理性」)。

障害がない社員らは、合理的配慮のために協力しあいます。すると、障害がない社員同士でも配慮しあう姿勢が生まれ、互いに足を引っ張ったり、発言を真っ向から否定したりしない雰囲気が出来上がります。仕事に対する満足度や会社の求心力は上がり、組織全体の生産性が上がるのです。

少しわかりにくいと思うので、以下のイラストで説明します。

ここに8人の、障害がない社員がいます。みなさん顔も性格も、得意なことも違います。

この中に、障害がある社員が1人入ると、こうなります。

障害の有無による区別が生まれ、健常者側がある種の共通性、すなわち共同体の基盤を認識します。もちろん、健常者というだけでは強固な基盤になりません。何となく醸成される程度です。

ちなみに、区別と差別は違います。「この人に協力してサポートしよう」と展開していくのが区別です。人間は日々区別しながら生きています。たとえば、スマートフォンを初めて見る人がいたとします。

その人は「ノートより小さいな」「おふだのようなものだな」など、知っているものと比較することでスマートフォンを認識しようとします。

障害がある人とない人が関わりあうときも、それぞれの違いを比較することで互いを認識します。すると合理的配慮が生まれ、倫理観が刺激されます。「障害がある社員を支える」という共通目的も生じるため、結束力が高まります。結果的に心理的安全性が高まり、リスクマネジメントやイノベーションが進み、組織の生産性が改善されます。

つまり、重度の障害者でも戦力になるのです。その人が働けるかどうかではなく、周りにしっかりと影響を与えられる体制を整えられるかどうかが大切です。体制が整えば、どんな障害者だって戦力になりえます。これこそが社会的包摂です。

次回のセミナーでは、なぜ現代社会において多様性が大切なのかをお話します。

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