介護労働者は人的資源か人的資本か 2/2

【労働生産性を上げる要因】
人的資本(従業員)が価値を生むのであれば、生み出される価値を増やそうと、経営者が従業員に働きかけるのは当然です。
人に関する投資を行うわけです。例えば、教育に着目されました。
識字率が低い社会で、識字率が高まることは、従業員を雇う企業にとっても助かりますし、教育を受ける人々にとっても雇用先を見つけ、少しでも高い賃金を得ることもできます。
経済成長にもつながることがイメージできます。それゆえ、発展途上国の開発の文脈がかかわってくるのです。
しかし、人的資本が生む価値を高めるためには、教育・研修だけでよいのでしょうか?この点では、昔からモチベーション(仕事に前向きに取り組もうとする気持ち)が着目されてきました。
やる気があって仕事に対して前向きである場合と、やる気がない場合とでは、効率や仕事の質(業務パフォーマンス)に違いが生じます。
そこで、昔からモチベーションが高いかどうか、モチベーションにどのような要因が影響を与えるかが研究されてきました。
それを受けて、企業内でも、社員満足度調査(ES調査などとも言われます)が行われてきました。
【モチベーションを上げる】
モチベーションに影響する要因としては、このシリーズで、マズローの欲求階梯説とのかかわりに触れました。
欲求が充足されるのであれば、前向きに仕事をする可能性が高まることは容易に理解できます。
それなりの生活するための給与を得ることができるか、みなに求められ評価される仕事ができるか、自分が成長できるか、自分の裁量で仕事ができるかといった要因がモチベーションに影響を与える可能性があります。
それが「仕事が面白い」「やりがいがある」といった言葉で表現される場合もあります。
また、会社が行っている社会貢献活動や働きやすさに配慮した人事制度は、会社に対する評価(求心力と言います)を高め、前向きの姿勢に影響を与えます。
分析データは割愛しますが、やりがいと求心力が重要な要因と位置付けることができます。
したがって、低賃金でこき使うことがモチベーションを阻害し、価値を高めないのであれば、愚策ということになります。そのようなことを行う経営者は、ダメな経営者です。
このような観点の違いが導出されることが、人的資源論と人的資本論の違いです。
ただ、人的資源としてやる気をもって前向きに働いてもらうことが、人的資源を効率的、生産的に使っていることになると考え、従業員の処遇を改善することはあり得ます。
「人財」と表現する場合はその発想に基づいていることが多いです。他方、目先の収益を重視するあまり、人的資本が生む価値を増やすために低賃金でこき使うという短絡的発想がありえないわけではありません。
介護労働者(アテンダント=ヘルパー)については、クライアントが享受するサービスの質にも介護サービス企業の評価にも決定的影響を与えますので、このような短絡的発想ではなく、本来の意味での人的資本と位置付ける必要があります。
【介護労働者とモチベーション】
「介護と経済19」に書いたように、東洋大学の花岡智恵は、賃金が介護労働者の早期離職に影響を与える可能性を指摘していましたが、腰痛予防や安全対策、資格取得研修も影響を与える可能性を指摘していました。
この点は、上記の議論とのかかわりでは示唆的です。
また、大久保将貴は利他心といった内発的動機に基づく従業員の場合、仕事満足度が就業継続意向に与える影響が小さいことを指摘していましたが、影響が小さいと言っているだけで、仕事満足度が影響を与えることは否定していません。
介護労働者の定着を考えるためには、賃金だけではなく、これらの要因を総合して考える必要があります。
【モチベーションとやりがい搾取の罠】
なお、気をつけねばならないことがあります。やりがい搾取とバーンアウトです。
従業員がやりがいを感じていてモチベーションが高い場合、従業員を低コストでこき使い、収益を上げやすいと言えます。
賃金が安くても、疲れ切って回復しきれないほど大変な仕事でも、自分の成長を感じられたり、同僚から評価されたり、クライアントから感謝されたりする場合、モチベーションにつながる可能性があるからです。
利他心が高かったり、責任感や使命感が強かったりする場合、介護サービスを求めている人をほっておけないと思ってしまう場合もあるでしょう。
それを逆手にとって、低賃金で過重労働を強いる場合を「やりがい搾取」と言います。悪質です。
そのような状態が続くと、肉体的にも精神的にも疲れ切ってしまい、モチベーションも気力もわいてこない状態になることもあります。
それがバーンアウト、燃え尽き症候群です。
1970年代の米国でバーンアウトが指摘されて以降、看護師や介護士がバーンアウトしてしまう問題が指摘されてきました。
他方、やりがい搾取の指摘は2000年代の日本です。
ですが、やりがい搾取が引き起こしている問題はバーンアウトの原因を彷彿させます。この点で両者はかかわりがあると言えます。
次回は、この点に触れてみましょう。