介護労働におけるバーンアウト 2/2

【バーンアウトの症状による定義】
バーンアウトは大きな問題ですから、様々な研究がなされるようになります。
問題の大きさを考えると、バーンアウトから回復するためにはどうしたらよいか、そもそもバーンアウトしないようにするためにはどのような対策をとったらよいかがテーマとして求められるでしょう。
そして、そのような対策を考えるためには、バーンアウトの原因は何か、ある要因はどの程度であればバーンアウトの原因となるのかといったことが研究テーマとして設定されることになるでしょう。
ただ、ことはそう簡単ではありません。
そういった研究を行うには、まず、バーンアウトを、その症状をもって厳密に定義することが必要です。
バーンアウトの原因を突き止め、予防したり回復させたりするには、症状を明確にし、その症状を生み出す要因を特定し、その要因が生じないようにしたり、症状を軽減したりすることが必要なのです。
バーンアウトについては、どのような状態なのかを前半で記しましたが、予防策や対処策のためには、どのような心理状態なのか、症状なのかをもって、もっと厳密に定義する必要があります。
その研究を行ったのが、社会心理学者のクリスティーナ・マスラックでした。
【バーンアウトの症状】
マスラックの研究によって、バーンアウトについては3つの症状が特定されます。
《バーンアウトの症状や測定指標については、次の文献が参考になります。久保真人、田尾雅夫「バーンアウトの測定」『心理学評論』Vol.35 No.3、1992年、pp.361-376。》
①情緒的消耗感:心理的な要素によって生ずる疲労感や虚脱感です。心が疲れているので、なかなか回復せず、何をするにもおっくうになります。
②脱人格化:患者などのサービス対象者に対して非人間的な対応や消極的な対応をとることを言います。患者との関係の中で疲れ切ってしまえば、その要因を回避しようとすることには必然性があります。
そのため、看護師の場合、病棟に足を運ばなかったり、事務処理仕事に集中したりして患者と接しないようにする行動様式がみられたりします。そうなると、介護サービスや看護サービスの質が低下するのは必然です。
③個人的達成感の後退:上記のような状態では、介護や看護の仕事の中で自分が役に立っている、患者の助けになっている、したがって、仕事の目的を達成している、もしくは、目的達成に貢献しているという感覚(自己効力感)をもつことができません。それが達成感の後退ということです。
【バーンアウトの測定指標】
このように、症状を確定できれば、バーンアウトの兆候があるかどうか、バーンアウトに至っているかどうか、それがどの程度かを測定することができます。
それが、MBI(Maslach Burnout Inventory)です。Inventoryは、目録や一覧表といった意味です。
MBIはアンケートの形式をとり、22の質問を通して上記の情緒的消耗感、脱人格化、個人的達成感の後退という3つのカテゴリーについて、それらを感じる頻度や強度を確認していきます。
この頻度と強度には高い相関があることが分かっています。
この3つのカテゴリーを分析した結果、情緒的消耗感が特に重要であるといった見解も提示されています。
2025年1月現在、日本の50人規模以上の企業には、ストレスチェックを実施することが義務付けられています。
1993年以降全く成長できていない日本経済の厳しい経営環境下で、従業員の業務負荷が大きくなり、精神的に追い込まれる従業員も多いため、従業員の状況を企業が把握する必要があるためです。
しかし、介護サービスのような対人サービスの場合、一般的なストレスチェックだけではなく、的を絞ったMBIによる測定も必要になります。
さらに、MBIと他の質問項目を組み合わせれば、頻度や強度が上がる要因を探ることができます。
もちろん、どのような要因がバーンアウトを引き起こすかについても議論されてきており、すでに触れたような業務負担や本人の資質といった要因を挙げることはできます。それは一般的な予防策にもつながります。
ただ、各企業の業務特性や組織特性、構成メンバーの特徴を反映して、特定の要因が影響を与えている可能性はあります。それを把握することも必要です。
それはバーンアウトの予防策の精度を高めることにもつながると言えます。
【バーンアウトの予防策と回避策】
山崎登志子、石田眞知子、柏倉栄子は看護師のバーンアウト傾向を軽減する要因としてサーシャル・サポート(対象者を取り巻く組織内外の支援)があるとの仮説を立て実証研究を行い、次のような結論を得ています。
《山崎登志子、石田眞知子、柏倉栄子「看護者のバーンアウト傾向とソーシャル・サポートとの関連―2病院における看護者の構成比較から―」『東北大医短部紀要』8(2)、1999年、pp.161-170》
①職場での悩みに対する職場内のサポート・職場外のサポートおよび職場以外の悩みに対するサポートは、バーンアウト傾向を低下させる。
②職場内のサポート・職場外のサポートが個人的達成感を高めるかどうかは、上司の数が影響している可能性がある。大規模な病院のみで上司のサポートが個人的達成感を高めている。
上司の数が多いためであると考えられる。規模が小さい場合、上司も多忙で余裕がないためしっかりと相談に乗れない可能性がある。
③医師を相談相手に選んだ人は脱人格化の傾向が強かった。医師が看護師の脱人格化を促進するということではない。
患者ではなく、病気や治療に目を向けることによって患者と距離を置く姿勢が表れている可能性がある。
④職場での悩みおよび職場以外での悩みに対する配偶者のサポートは、バーンアウト傾向を低下させる。
⑤様々な場面でサポートがあるとバーンアウト傾向が低下する。
この研究結果から、バーンアウトに陥らないように、普段から相談相手を作っておくことが考えられます。また、バーンアウトに陥ってしまったら、気分転換を図ったり、休息をとったりすることが必要でしょう。
ただ、チームでの作業が少なかったりして相談に乗ってくれる人がいなかったり、上記「②」にあるような規模の小さな病院のケースのように上司や同僚も忙しくて相談に乗る時間を割けないといったこともあったりする可能性があります。
そこで、会社側ないし病院側が、サポートの重要性を意識し、従業員が上司などに相談しやすい制度を作り、それに対応できる上司を育成したりすることによって、バーンアウトを回避する組織体制を構築することが必要と考えられます。
さらに、バーンアウトを回避すべく、従業員が仕事内容やクライアントとの関係を自由にコントロールすることは、難しいはずです。
そこで、会社側ないし病院側が、従業員に過重な負担がかかっていないか、クライアントとの人間関係に課題がないか、バーンアウトの傾向が生じやすい環境になっていないかを把握する定期的な調査やバーンアウト傾向を生み出す組織特有の要因を把握する調査を行い、適切な対応策をとっていくことが必要と思われます。