障害者雇用について~障害者の戦略化とシナジー効果~

障害者雇用について~障害者の戦略化とシナジー効果~


土屋の顧問を務める横浜市立大教授・影山摩子弥氏は、経済学の研究を通じて障害者雇用に出会い、「ここに経済を良くするヒントがあるのではないか」と考えたそうです。8月30日と9月22日に開かれた顧問会主催社内セミナーでは、障害者を雇用する際の工夫や職場への効果をレクチャーしてくださりました。各回23~25人のマネージャー職の職員が参加し、関連分野に対する学びを深めました。

まず、「労働生産性」について整理します。労働生産性とは、企業があらたに生み出した「付加価値」を、従業員数や労働時間で割ったものです。

とても簡単に説明すると、付加価値の計算方法は2種類あります。
①売上高から原材料や消耗品、仕入、水道光熱、外注加工などの費用を引いたもの
②給与(人件費)、賃料、税金、支払利息、利益を合計したもの

合理主義や経済至上主義のうえで、これらの要素はとても重視されます。では、障害者を雇用する場合はどうでしょうか。「軽度の障害だったら働けるだろうけど、介護が必要な障害者は働けるのか」「働けたとしても、微々たる価値しか生まないのでは」と思う方もいるかもしれません。でも実は、障害者は戦力になるのです。これは特に中小企業で見られる傾向です。
しかも、それだけではありません。色々な中小企業を調査して統計分析にかけたところ、障害者の社員が健常者の社員に良い影響を与える傾向が出たのです。健常者社員の業務パフォーマンスが上がり、会社の業績まで良くなっています。
例えば、健常者の働く能力を1、障害者ができる業務量を0.6とします。健常者に比べると少ないですが、周りにいる健常者の社員10人の働く能力を0.1ずつアップする影響を与えたとすると、障害者の働きは1.6となるといえます。1人の健常者がどう頑張っても上げられないほどの労働生産性上げるほどの影響を、障害者が与えているケースもあります。ちなみに、障害者が働く場を切り離したり、テレワークをしていたりすると、この効果は薄くなります。障害者と健常者が接触することが大切です。

具体的な事例を紹介する前に、障害者雇用をめぐるデータを見ていきましょう。

赤い線の「法定雇用率」は、「障害者を〇パーセント雇いなさい」と法律で定めたもののことです。青い線は、実際の雇用率です。2004年ごろを境に、この実雇用率の角度が急になっているのがわかります。これは前年の2003年ごろから、企業の社会的責任を問う動きが増えてきたためです。「CSR元年」とも言われます。「納付金を払うだけでなく、実際に障害者を雇用するのが社会的責任だ」ということで、障害者を雇う企業が増え始めたのです。

 

障害者の雇用率達成企業割合を、企業の規模別に見てみましょう。大企業のグループ(緑色の線)は現在、法定雇用率を達成しているところが多いですね。ただ、グラフの線がデコボコしています。法定雇用率が変わるたびに、法定雇用率を達成している企業の割合がガクッと下がっているのです。これは、法定雇用率ギリギリで障害者を雇っていて、変更にすぐ対応できていないためだと考えられます。
一方、規模が小さい企業は達成企業割合が安定しています。障害者の割合が高く、法定雇用率の変化に影響を受けていないためだと考えられます。このデータでは一見、大企業は障害者をたくさん雇っていて、小さいところはそうではないと思えるかもしれませんが、必ずしもそうではないのです。中には小さな企業でも、従業員の20%が障害者というところもあります。

では、実際の企業の事例を見ていきます。

A社:マッチングを徹底①
農産物を手掛けている就労継続支援A型事業所です。農作業はさまざまなので、その人に最も合っている作業をやってもらう仕組みです。たとえば明るい場所が苦手な人は倉庫でシイタケの種付けをし、会話が苦手な人はイチゴのチェックをします。また、ここでは毎朝、出勤してきた時の様子を見て作業を振るようにしています。とても元気な人には、落ち着いた作業をしてもらいます。そうしないと歯止めがきかず頑張りすぎてしまい、疲労で翌日入院するなどのケースが出てしまうためです。障害と仕事内容をマッチングすることで、障害がある職員は翌日も出勤でき、欠員が出なくて済むのです。

B社:マッチングを徹底②
次はメッキをつくる会社です。社員20名のうち25%が知的障害者です。ここでもマッチングを徹底しています。
まず実習でたくさんの障害者を受け入れて、メッキの作業に合っているかを見極め、スカウトします。その人に合った仕事をすることになるので、障害者の職員はめきめき成長し、一流の職人になっていきます。通常は障害特性に合わせて仕事を切り出すことが多いのですが、この企業では仕事に合う方を探す形を取っています。
また、仮病を使う社員を社長が送迎します。それまで職を転々としてきた障害がある人が、働きはじめてまもなく「頭が痛いので休みます」「風邪気味なので休みます」と連絡してきたそうです。社長らは仮病を疑い「会社に良い薬があるからおいで。会議室で休んでいて良いから」「(自宅で)倒れて誰も気づかなかったらまずいから」と説得しました。それでも来なかったため、社長が車で迎えに行きました。本人は案の定仮病だったようで、会議室で過ごしました。これを欠勤の連絡が来るたびにやった結果、本人は会社へ行く癖がつき、その後も数年間勤め続けているそうです。

C社:仕事の付加価値を上げる
重い知的障害がある方に、社内のごみを集める作業をやってもらっている特例子会社です。あるとき、親会社から「コストがかかるので、他の会社に外注したい」と言われたそうです。まずいと思った特例子会社側は「清掃作業は高度な情報セキュリティなのです」と説明しました。社内にはサービス登録者の個人情報、取引先企業の一覧など、機密性の高い書類が捨てられています。重度の知的障害者の方は、この情報を持ち出すことはしません。ごみ箱に入っているごみを、言われた通りに捨てていきます。これだけ高度な情報セキュリティはありません。清掃作業の付加価値と費用対効果は上がっている、と言えますね。この説明を聞いた親会社は納得し、外注をやめたそうです。

横浜市立大:コミュニケーションで工夫
私の勤務先です。病院も抱えており、教職員は3000人。障害者雇用率は2.5%です。清掃チームに知的障害者の方、事務作業に精神障害者の方がいます。
清掃チームには健常者のチームリーダーがいて、困ったときはその人に相談する仕組みです。障害者は臨機応変に判断するのが難しかったり、人に相談しにくかったりするケースがあります。「何かあったら誰にでも良いから言ってね」とだけ言うのは不親切です。相談相手を指定し、さらに「この人が休みの場合はこの人に言ってね」と説明することが大切です。そうでないと本人が疎外感を感じ、「脱いだ靴をどこに置けば良いのか」などの質問が出来ず、場合によっては離職につながります。
他にも、人事課に支援組織出身者を配置して、アドバイスをもらえるようにしています。また、本人の承諾を得て、障害や症状についてプレゼンしてもらいます。周りの理解が進み、「薬飲んでないんじゃない?」「休んだら?」などの声掛けができるようになります。

障害者が働きやすい体制づくりのポイントをまとめると、以下の通りです。


<Q&A>

質問1:障害者が企業に入ると周囲の労働生産性が上がるとのことですが、うまくいかなかった事例もあるのでしょうか。

影山先生:失敗している企業では、合理的配慮がうまくいっていないケースが多いです。「どうしてこんな人が働いているの」という雰囲気はもちろんダメですし、温かく受け入れたとしても、本人の育て方をわかっていなければうまくいきません。障害者が安心して、一生懸命働くことに喜びを見いだせる環境だと、職場の心理的安全性も高まり、健常者の労働生産性が上がる効果がみられます。他にも、障害者に合わせて仕事のやり方や職場レイアウトを見直すのも効果的です。道具の置き場所を整理するだけで、労働生産性が上がる場合もあります。

質問2:清掃作業が情報セキュリティにつながり、仕事の付加価値が上がるという事例では、物事の見方をひとつ変えるだけで大きな効果が得られるのだと勉強になりました。自分の日々の業務にもつながると思います。

影山先生:非常に大切なところを読み取ってくださったと思います。障害がある人や、少し変わった人が組織にいると、イノベーションが起こるのです。同じような人がたくさんいると仕事はしやすいのですが、その場合、一人の人間しかいないのと同じことになってしまいます。いわゆる「変わっている」人の意見を頭から否定せず、みなさんが「自分の観点とすり合わせできないかな」との発想を持って向き合うと、大きなイノベーションが起こります。実はこのノウハウを持っている企業はそれほど多くありません。みなさんの仕事の現場でも、違う観点に対するアンテナをはっていただくと良いかもしれません。

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