制度はいいが運営はどうだろう

制度はいいが運営はどうだろう

元宮城県知事・土屋総研 特別研究員
浅野史郎

重度訪問介護事業は、素晴らしい制度です。2006年、「障害者自立支援法」で法制化されました。事業の枠組みは国が作りました。都道府県は、いくつかの点でこの事業に関わります。事業の実施主体は市町村です。事業の中身は、障害当事者にとってよくできています。これは、この事業の法制化に障害当事者が深く関わっていたからです。

地域で暮らす障害当事者が一番望んでいるのは、自立生活です。家族や施設・病院の介助なしに、地域で生活ができること。そのためには、公的介助が必要なだけ受けられる保障がなければなりません。重度訪問介護事業では、24時間介助、見守り、そして医療的ケアが保障されています。制度としては、とてもよくできています。

問題は、実施主体である市区町村が適正に運営していないことです。例えば、24時間介助保障。1747市区町村のうちで、24時間介助保障をしていないのが半数以上あります。24時間介助が必要な重度の障害者は、そのような自治体では自立生活ができないことになります。

「うちのような貧しい町では、24時間介助保障をするだけの財源なんてありません」というのが「やらない理由」です。制度で認められている24時間介助が、「財源ありません」ということでやらないなんて、制度は想定していません。財源が乏しい自治体に住む重度の障害者は、自立生活をあきらめなさいと言われているようなものです。なんとかしなければいけない課題ではあります。

自治体の担当者の無知により、重度の障害者が適切な介助を受けられない事態が現出しています。ある政令指定都市の区役所の担当職員は、夜間介助における「見守り」の趣旨を理解しておらず、「夜間に実働していない時間はサービスとして認めない」ということで、「クライアント就寝時の支援は合計1時間として算定する」と言われたクライアントがいます。

この件については、事業者が市長宛の要望書―「見守りなくしては生きていけません」―を提出しました。1ヶ月後に担当部長から回答があり、見守りの時間も支給量に算定されることになりました。結果はよかったのですが、市長宛の要望書を出すなどの手間暇をかけないと是正されないというのも困ったものです。

介助を受けたくて町の担当(障害福祉課)に申請をしに行った重度の障害者(の代理人)が、担当者から「重度訪問介護事業って何ですか」と言われたといいます。2006年の「自立支援法」で重度訪問介護事業が制度化されて以来、これがその町にとって初めての申請者だったのでしょう。小さな町村ではありうることです。申請に行った重度の障害者は泣く泣くあきらめなくてはならないのでしょうか。

どうしても介助を受けたいという重度の障害者は、近くの大きな自治体に住所を移すことを考えるかもしれません。

重度訪問介護事業の実施主体は市区町村です。やりたいところだけ、やれるところだけやればいいとはなっていません。しかし、実際にはやらない自治体、やれない自治体があるのも事実です。同じく市区町村が実施主体になっている介護保険制度は、小規模町村を含むすべての市区町村が実施主体です。

財政的にも行政能力的にも問題のある市町村はあります。こういった自治体において、重度訪問介護事業の実施がむずかしいのはある程度理解できます。実施主体をどうするか、他の施策での扱いについて見てみましょう。

生活保護においては、市が実施主体であり、町村部については県が実施主体になっています。国民健康保険は、平成30年度(2018年度)に制度改正があり、それまで市区町村が実施主体であったものが、都道府県になりました。介護保険は、2000年の制度発足以来、実施主体は市区町村で変わっていません。そして、障害福祉サービスの実施主体は、基本的に市区町村となっています。 

一つの提案として、重度訪問介護事業の実施主体は市とし、町村部においては都道府県とすることにしてはどうだろうか。障害福祉サービスのうち、重度訪問介護だけの措置です。他の障害福祉サービスの実施主体は市区町村で、重度訪問介護だけが町村部については県となるというのは、理屈付けがむずかしいかもしれません。しかし、弱小町村の事情を考えれば検討に値する課題です。

そもそもの問題は、重度障害者がどこに住んでいるかによって、介護保障に格差があることです。実施主体である市区町村(の担当者)の重度訪問介護事業についての知識不足、理解不足により、本来受けられる介助が受けられないなどということはあってはなりません。「財源がないからできません」という言い訳を許してはいけません。

市区町村のこういった「怠慢」を誰が糺すのでしょうか。障害当事者が行政(市区町村)に行って交渉するしかないのでしょうか。厚生労働省に行くという手もありますが、ほとんど期待できません。さて、どうするか。考え続けなくてはなりません。
 

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