介護と経済21 介護労働者は人的資源か人的資本か 1/2

介護労働者は人的資源か人的資本か 1/2

【人的資本の登場】

近年、大企業を中心に「人的資本」という表現を使う企業が目立ってきました。

有価証券報告書に人的資本に関する取り組みを記載せねばならないこと、企業のCSR(企業の社会的責任)に関する報告書(CSR報告書、統合報告書、サステナビリティ報告書、社名を冠して~株式会社レポートなどとして発行されています)に記載するビジネスモデル(価値創造モデル)の中で、企業が投入している資本を記入することになりますが、統合報告書の国際的なガイドラインである国際統合報告フレームワークでは、資本には6つあり、その1つが人的資本であると解説されていることなどが背景にあります。

【人的資源論の問題点】

ただ、似たような言葉で人的資源という用語もあります。それとどこが違うのでしょう?学問分野と結びつけて説明するのであれば、人的資源は経営学の領域で使われてきた用語です。

人(従業員)をお金や機械、原材料などと同様、事業活動のために投入され使用される資源と考えます。

利益を出さねばならない企業にとって、事業活動のために投入される資源は効率的に使用されなければなりません。

効率的とは、同じ金額を払うのであれば、より長い期間使う、より多く生産する、使用期間や生産能力が同じであれば、より安く買う、といったことです。

従業員に関してあてはめるなら、より安い賃金で雇って働かせる、同じ給与であればより長く働かせる、より多くの成果を出させるといった圧力が働くということです。

それゆえ、低賃金や過重労働、その結果としての過労死が幅を利かせることになるのです。まさに日本の問題です。少子化になるのは当たり前です。

介護労働を安く使って低コストで介護サービスを生み出させようという発想は、介護労働の担い手を人的資源とみる観点と言ってよいでしょう。

人的資源論は、目先の表面的成果を追い求める経済至上主義の稚拙な議論につながりやすいのです。

【人的資本とは】

人的資本は、経済学の用語です。経済学では価値を増やすための元手を資本と言います。

上で触れましたが、CSR報告書を作成する際の国際的ガイドラインとして参照している企業も多い「国際統合報告フレームワーク」では、資本を財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本の6つに分けて自社の解説で用いるよう促しています。

つまり、人的資本とは、人間を、価値を生む存在ととらえる観点ということになります。

人的資本という概念が議論されたのは1960年代です。セオドア・シュルツ、アーサー・ルイス、ゲーリー・ベッカーなどが論者として知られており、ノーベル賞も受賞しています。

人的資本とは、人間の能力、才能、知識のことです。それが、価値を生むことになります。

そこで、教育によって人的資本を高める意義も議論されました。例えば、発展途上国の開発を議論する開発経済学という領域があります。

その中で発展途上国の開発のためには、人々に教育を施すことが必要であるという議論が展開され、国連の人間開発という考え方にもつながっていきます。

また、企業の中での従業員教育も議論され、どの企業にも通用するため、学校教育で施されるのが望ましい「一般的人的資本」と特定の企業で必要とされる「企業特殊的人的資本」があり、後者については、企業のOJTやoff-JTで形成することが望ましいといった議論もなされました。

【労働価値説との違い】

ちなみに、人(の能力)が価値を生むという考え方は、19世紀に活躍したカール・マルクスに代表される労働価値説(労働こそが価値を生む)に似ている面があります。

カール・マルクスは、価値ないし儲けを生むのは資本(資本家の元手)ではない、労働者が行う労働であり、労働者は自己が生み出した価値を搾取されている、と分析しました。

カール・マルクスの考え方に基づく経済学を日本では、マルクス経済学もしくはマルクス主義経済学と呼びます。

他方、人的資本論の論者たちは、マルクスの経済学とは異なる派閥の経済学者でした。

日本では、マルクス(主義)経済学に対して近代経済学と呼ばれてきましたが、資本が価値を生むという考え方をする派閥です。

そのため、人的「資本」という表現を使っているわけです。ただ、実質的に両者は近いのではないかという印象を持っています。

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