重度障がい者の経営改善効果
横浜市立大学都市社会文化研究科教授
影山 摩子弥
ここ10年ほどかけて、企業で働く障がい者がその存在性によって社内の心理的安全性を改善し、健常者社員の業務パフォーマンスを改善することを明らかにしてきました。そうであれば、経済合理性の観点にあったとしても、むしろその観点に立つからこそ、重度訪問介護サービスの報酬や従事者の賃金を改善すべきということになります。
しかし、それに対して次のような意見が提示されるかもしれません。つまり、「それは、企業で働ける障がい者であって、重度の障がい者や訪問介護が必要な障がい者はそもそも企業では働けず、そのような効果を生むことはない。重度訪問介護サービスの報酬や賃金を改善するなど、もってのほかである」といった批判である。
しかし、XRやAIにかかわる業務や様々なコンテンツを手掛ける株式会社ワントゥーテン(会社のロゴとしては「1→10」との表記を使っています)のCEO(最高経営責任者)である澤邊芳明氏は、18歳のころ、オートバイの事故が原因で首から下が動かせない障がいを負います。
しかし、リハビリの中でパソコンに親しむことになり、ウェブサイト制作会社として25年前に「1→10デザイン」を設立しました。その後、クリエイティビティの領域に手を伸ばし、アニメーションやインタラクティブ広告、車いすロードレースの疑似体験、プロジェクションマッピングなど興味深い業務を展開してきています。
澤邊氏は、自身のことを「障害者3.0」と表現しています。「障害者1.0」とは、支援される障がい者です。「障害者2.0」は、自身の経験や観点をビジネスに反映させたり生かしたりしている障がい者、そして「障害者3.0」は、障がいによって活動が制約されていない一方で、障がいを業務に生かしているわけでもない障がい者です。
首から下が全く動かすことができないにもかかわらず、澤邊氏は若くして会社を立ち上げ、時代の最先端を行く会社に育て上げました。
また、すでに亡くなりましたが、進行性の筋ジストロフィーを負った春山満氏は、春山商事、のちのハンディネットワーク インターナショナルを設立しました。春山氏が進行性の筋ジストロフィーを発症したのは24歳の時で、首から下の運動機能を失ったそうです。澤邊氏と同じです。にもかかわらず、自身の経験を活かしながら介護や医療に関する商品の開発と販売を手掛ける会社を設立し、経営を行っていました。
二人とも、知らない人が見れば、「働けない障がい者」に見えるのではないでしょうか?この二人は特別な運や才覚に恵まれたのかもしれません。しかし、近年では、人間が持つハンデをカバーする様々な機器類が開発されており、それを用いれば、春山氏や澤邊氏ほどの才覚がなくとも自身の経験を生かした業務展開や「障害者3.0」としての様々なチャレンジができるかもしれません。
重度の障がいがあったり、寝たきりであったりしても、様々な可能性があります。また、その可能性を生かし、健常者の業務パフォーマンスを改善する相乗効果を生むことは可能です。相乗効果を生む条件は、健常者と障がい者との接触および障がい者が業務を担うことです。それは十分可能だと思います。
したがって、重度障がい訪問介護サービスの報酬や担い手の賃金を向上させることは、むしろ必要なことといえます。しかし、それは簡単ではないでしょう。いまだ社会は、重度障がい者など働けないという思い込みに満ちているからです。歩を進めるためには、事例を収集したりデータを積み重ねたりする必要があるでしょう。