オーフス方式

オーフス方式

元宮城県知事・土屋総研 特別研究員
浅野史郎

「重度訪問介護は世界に冠たる制度」と私は言い散らしています。世界を見渡せば、我々の上を行く国はあります。それはデンマークのパーソナル・アシスタントの制度です。どんなものか、見ていきましょう。

重度の障害者が地域で自立生活をするのをヘルパーが支援するというのは、重度訪問介護事業と変わることはありません。大きく違うのは、重度障害者自身がヘルパーを雇うことです。

障害当事者が新聞などに広告を出してヘルパー(パーソナル・アシスタント)を募集します。その後、面接をして採用するかどうか選別します。つまり、誰に介助してもらうかは障害者が自分で決めるのです。雇用主である障害者は、一人一人のヘルパーの勤務時間を決めています。

ヘルパーはどこまで介助するかですが、どこまでもです。必要があるなら、制限はありません。海外旅行にも同行しますし、入院中の病院でも介護します。ヘルパーの給料は、介助する時間により違いますが、月28万円というのが標準らしいです。

年間有給休暇は5週間。給与は市町村と国が50%ずつ負担します。ヘルパーになるための資格はありません。講習は受けなくてもヘルパーになれます。

大事なことですが、デンマークのパーソナル・アシスタントの制度は、単なる日常生活支援ではなく、障害者の社会参加を保障するための生活支援であることです。また、障害当事者は、支援を受けるだけの存在ではなく、雇用主としてヘルパーを管理する責任を負っているのです。

制度の利用者になるための適用条件が設けられています。

  1. 雇用主として介助者の人事管理ができること。
  2. 教育・就労・ボランティア活動など、何らかの社会的活動を行っていること。
  3. 常時の介助が必要なほどの重度の障害があること。

以上3点です。

②の社会活動をしていることを利用者となる条件としていることは、この制度の特徴だと思います。日本でこれを利用者になる条件としたら、一体何人が残るのだろうか。そんなことを考えてしまいます。

デンマークでパーソナル・アシスタントの制度ができた経過を見ると、そこにはエーバルト・クロー氏の存在が大きかったということがわかります。

クローさんは、デンマーク第二の都市オーフス市(人口27万人)で生まれ育ちました。生まれてすぐに、筋ジストロフィーであることがわかりました。医者には「せいぜい4歳までしか生きられない」と言われていたそうです。

1994年5月17日、クローさんは東京で講演をしました。その講演記録を見ると、1970年代後半に筋ジス協会(会長はクロー氏)を先頭とした当事者グループがオーフス市と交渉して制度を作り出しました。1979年のことです。

1976年にできた「生活支援法」の56条を根拠に、クロー氏はオーフス市とヘルパー費用支給の交渉を始めました。週60時間が上限ということで折り合ったようです。翌年には週80時間になりました。生活支援法それからもオーフス市との交渉を何年も続けた結果、24時間の介助を認めさせました。クローさんはその日を勝利の日と呼びました。

オーフス市で始まったパーソナル・アシスタントの制度ですが、その後、デンマーク内の各都市でも採用されました。発祥の地をとって「オーフス方式」と呼ばれています。ただし、デンマークの275のコミューン(市町村のこと)ごとに制度の内容には差があります。市町村ごとにレベルの差はかなりあります。

オーフス方式が国の法律である「生活支援法」に組み入れられたのは1990年のことです。生活支援法第48条に「重度の障害を持っている人は、その障害ゆえにかかる費用について保障される」とあります。これを根拠にしてオーフス方式が成り立っています。

ここまでオーフス方式ができるまでの経緯を見てきて実感するのは、エーバルト・クロー氏の活躍です。クローさんはデンマーク筋ジス協会の会長ですが、当時の障害者団体の運動が障害者の弱さを前面に出して、慈善や思いやりに訴えていたのに対し、普通の生活を送るための生活支援こそが必要だという信念を持って活動していました。

オーフス市や国と渡り合う交渉力、あくなき行動力、持続する志、などなどクローさんの人間力の特質をあげることができます。私はそれに加えて、ユーモアのセンスをあげたいと思います。

1994年5月17日、東京での講演会の後、クローさんは、仙台で宮城県知事の私とテレビ対談をしました。私が「シロ・クロ対談」と呼んだその場で、オーフス方式を知り、大いに興味を持ちました。

4ヶ月後の9月10日から18日まで「みやぎ女性の翼」という企画で、24人の元気な女性とともにスウェーデンとドイツを視察する旅に出ました。その途中、私だけ抜け出して、オーフス市を訪問しました。文章が残っているので引用します。

「お酒も女性も大好き、ユーモアの感覚が素敵なクローさんとの歓談。5万人の観衆を集めてのグリーンコンサートももう何年目になるのだろうか。今では年間数カ所で開催し、いずれも大盛況。

デンマーク筋ジストロフィー協会の資金集めとして定着している。すべてクローさんのアイディアと出演だ。電動車椅子に乗り、わずかに動く手に持ったワインを傾けて御機嫌になったクロー氏が、演奏をCD化したので聴けと誘う。

クローさんがボーカルを担当するジャム・セッション。彼の声は枯れた感じで魅力的。ノリもいい。『俺は肺活量五百としては世界有数のジャズ・シンガーだぜ』と言って片目をつむる」

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