介護と経済13 介護労働は生産的か不生産的か 

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介護労働は生産的か不生産的か

株式会社土屋顧問/土屋総研特別研究員
影山 摩子弥

【生産的と不生産的】

「生産的」もしくは「不生産的」という言葉は、日常的にも使われることがあります。例えば、「今の議論は生産的だったね」という場合、「意味があった」「成果を生んだ」などという意味と解すことができます。

経済学でも、似たような使い方をします。経済学でよく使われる「生産」や「生産的」の意味をイメージしつつ日常的な場面で使われているといってよいかもしれません。ただ、経済学で使用する場合、特に産業の分類に関わって使用される場合、特別な意味が与えられたり、それにかかわって、多くの議論が展開されたりしてきました。それが、介護労働の評価に関わっている可能性があります。

【経済学での定義】

人間は、生きていくために食料や衣服、家、医薬品などが必要となってきます。また、それらのものを作るための機械や道具、原材料が必要になってきます。さらにそれらの機械や道具、原材料を作るための機械や道具、原材料が必要です。これらの生活に必要なものや生産に必要なものを作る労働を生産的労働と言います。

このような物資が増えることで社会は豊かになります。それゆえ、国内で生み出されたもの(GDP=国内総生産と言い、国内で生産された財とサービスの付加価値の合計です)や日本企業などが海外も含めて生み出したもの(GNP=国民総生産と言い、海外での生産も含めた財やサービスの付加価値の合計です)がどれほどか、それが毎年どのくらい成長しているのかが問題となるわけです。国内で生産される財が重要であることに着目したのがアダム・スミス(1723年~1790年)です。

スミスが活躍した時代にも、国を富ませるにはどうしたらよいかの議論が盛んにされていました。当時よく見られた議論が重農主義や重商主義です。それらを批判しつつ、スミスは、国内で生み出されるものが大事と考え、それらを増やすためにはどうしたらよいかを『諸国民の富』という本にまとめます。その方策が様々な人が様々な経済活動にチャレンジする自由放任政策で、市場(しじょう)に任せればよい、経済は混乱することなく神の見えざる手によって安定的に機能する、と論じました。

【日本の構造改革の問題点】

ちなみに、日本では1990年にバブルがはじけた後、市場に任せようという新自由主義の議論が盛んになります。その考え方が当時の政策に導入され民営化などが進められていきます。その結果が現在です。スミスのころは経済も極めて未熟で、成長の余地が大きかったので、ありうる政策でした。しかし社会的格差や景気の不安定さの問題を呼びました。現代では、経済はもっと複雑です。市場に任せればうまくいくなどということはありません。また、格差増大などの様々な問題を生みます。有能な経済学者はみな分かっていましたが、一部の政治家が間違った経済学の考え方を政策に導入したわけです。その結果、日本は経済が停滞したまま成長できず、中国に抜かれ、ドイツにも抜かれました。社会的格差も広がり、貧困が問題になっています。少子化も進みました。市場経済化を主張した経済学者やそれに耳を傾けた政治家は、国民の生活をここまで貶めた責任があるといってよいのではないでしょうか。ではどうすればよかったのでしょう?方向性は見えていました。市場経済ではなく、ネットワーク型の企業組織(ティール組織がその代表的な例です)や経済機構を目指さねばならなかったのです。それについては改めて論じましょう。

【アダム・スミスの観点】

なお、重商主義とは、文字通り商業を重視する考え方です。国内で作ったものや栽培して収穫したものを輸出すれば、金や銀、貨幣を得ることができます。それによって国が豊かになります。しかし、売るためには作らねばなりません。それゆえ、商業よりも作ることが重要という考え方も生ずるのです。

他方、重農主義は、フランソワ・ケネーなどに代表される、農業を重視する考え方です。18世紀は、第1次産業が大きな比重を占めており、特に農業は重要でした。そこで、農業こそが余剰を社会にもたらすものであり富の源泉であると考えられました。しかし、生産物を生み出すのは農業だけではありません。スミスは、製造業など第2次産業の分野にも視野を向けていくわけです。

【アダム・スミスの生産的労働論】

このような観点に立つと、物質的な生産物を生み出す労働が重要ということになります。そこで、スミスは、労働が価値を生むという労働価値説を提起します。また、物質的財貨を生み出す労働を国内の価値を増やす労働として生産的労働とし、物質的財貨を生み出さない労働は、価値を増やさない労働として不生産的労働と位置付けました。ここでいう価値とは、お金に換算される価値で、交換価値とも表現されます。

つまり、スミスの議論に基づくと、流通に携わる労働、医療に携わる労働、教育に携わる労働と同様、サービス労働である介護の労働は、価値を生まない労働として位置づけられるわけです。

本当にそのように考えてよいのでしょうか?

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