優生保護法裁判

優生保護法裁判

元宮城県知事・土屋総研 特別研究員
浅野史郎

2018年1月30日、宮城県在住の60代のAさんは、強制不妊手術を受けさせられ人権を侵害されたとして、国に謝罪と賠償を求めて仙台地裁に提訴しました。

その後、同様の案件での訴訟が相次ぎますが、これが優生手術に関する初めての提訴です。

仙台地裁の判決は、2019年5月28日になされました。

判決では、優生保護法は憲法違反であるとしましたが、損害賠償については、被害から20年で賠償請求権がなくなる「除斥期間」を適用して、損害賠償請求は認められませんでした。

原告側はすぐに仙台高裁に控訴しました。論点は除斥期間の適用するのはおかしいということです。

仙台高裁での裁判は2022年10月11日にあり、私は原告側証人として出廷しました。

障害者である原告が自ら訴訟を提起するにはハードルが高すぎて、除斥期間を適用するのは不合理であるということを言葉を尽くして証言しました。

優生保護法は1948年に制定されました。第一条に法の目的が規定されています。「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」というものです。

障害者は不良な存在であるから生まれてこないようにするというのですから、今の感覚からするととんでもなくひどいものです。

優生保護法は「遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性畸形を有しているもの」について、強制不妊手術をすることができると定めています。(遺伝性の)障害者が、不良な子孫(障害者のこと)の出生を防止するとして、不妊手術を強制されるのは重大な人権侵害です。

1996年に優生条項が廃止されるまでに16.475人が本人の同意なしで優生手術を受けました。

1980年代になると。優生保護法については関係各方面から「問題あり」といった指摘がなされるようになりました。厚生省内でも強制優生手術については「人権侵害も甚だしい」として、法律改正による優生条項の削除が議論されるようになりました。

私は、1987年から1989年まで厚生省児童家庭局障害福祉課長を務めていました。この期間には法改正=優生条項の削除が議論されていました。

議論していたのは児童家庭局母子衛生課です。その議論には、障害福祉課は関わっていません。母子衛生課から声がかからなかったのです。

何か意図があってはずされたのか、今でも不信感が残っています。

1996年、優生保護法の優生条項が削除されました。この法改正については、国会の委員会では議論なしでたった一日で終わりました。世の中にあまり知られたくないという思惑があったのでしょうか。

当時、私は宮城県知事でしたが、この法改正があったことには気がつきませんでした。

優生保護法による強制不妊手術があったことに私が気づいたのは、冒頭に書いた仙台地裁への被害者の訴訟提起です。このことが新聞で大きく報道されたのを見てわかったのです。

厚生省の障害福祉課長であり、障害者の人権問題に特に強い関心を持っていた私でさえも、最近までこんな甚だしい人権侵害に気がつけなかったのは何故だろうか。

私だけでなく、世の中の人全般に、国によるこの極悪非道が知られたら大変だ、そっとしておこう、隠しておこうという雰囲気があったからではないかと私は推察しています。

仙台高裁での裁判のことに戻りましょう。裁判での争点はただ一つ、この件に除斥期間を適用することの是非です。除斥期間などというむずかしい用語を使わずに説明すると、「被害にあった障害者が、自分で損害賠償の訴訟を提起することができましょうか」ということです。

被害から20年の除斥期間が過ぎたので賠償請求はできないと切って捨てるのは乱暴です。

訴訟提起のハードルは高いのです。被害者である障害者には、強制不妊手術は優生保護法にしたがって適法に行われたという認識があります。

不法行為ではないので、訴訟を起こすことなど考えつかなかったのです。国も優生手術は適法だったという立場を取り続けていました。

もうひとつ、訴訟提起によって、自分が障害者であることが世の中に知られてしまうという恐怖感もあります。これを乗り越えるには相当の覚悟がいります。訴訟提起を控える理由といえます。

私は仙台高裁での裁判の証人として、こういった理由からこの件に除斥期間を適用するのははなはだしく不合理であると証言しました。女性裁判長の目を見て明言しました。

その裁判長から「この証言に反対尋問はありませんか」と問われた被告国側の三人の訟務検事は、「ありません」と答えました。

判決は来年2023年1月にあります。原告勝訴、国敗訴となるでしょう。裁判長が私の証言をうなずきながら聞いていたこと、国側検事から反対尋問がなかったことが根拠です。

同じケースでの大阪高裁、東京高裁の判決で「除斥期間の適用は不合理」と判示され、損害賠償が認められたことは決定的です。ただし、国は最高裁に上告しましたから、最終決着は先のことです。

仙台高裁の判決も大阪高裁、東京高裁と同様になり、国は上告するでしょう。最高裁での判断はどうなるかわかりません。勝訴、敗訴いずれでも、社会的には大きな話題となるでしょう。

私は、それを望んでいます。
 

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