桜とチーズフォンデュ~私のジュネーブ訪問記~

桜とチーズフォンデュ~私のジュネーブ訪問記~

おおごだ法律事務所 弁護士
大胡田 誠

1 はじめに

今年(2022年)8月、私はJDF(日本障害フォーラム)の代表団とともに、スイスのジュネーブを訪れました。国連障害者委員会による障害者権利条約の対日審査に参加するためです。

今回は、その際の模様について書いてみたいと思います。

ジュネーブはスイスの南西に位置し、人口は約20万人ながらスイス第2の都市です。緯度は北海道よりも高く、8月下旬でも長袖のシャツでちょうどよいほどの気温でした。

市の中心部には高さ10階から15階ほどの高層ビルが立ち並び、ひっきりなしに車やバイクが走っています(主にドイツ車が多いようです)。しかし、街の中で音楽が流されることはほとんどなく、歩いていて耳に届くのは車の音と様々な言語で交わされる話し声です。

移民が多いせいか、しばしばカレーや中東系のエスニック料理のにおいが鼻をくすぐります。建物は茶色やアイボリーなどに統一されており、古い美しい町並みです。

歩道はきれいに掃除され、ほとんどゴミなども落ちていないのですが、車道と歩道の段差は日本よりもきついようで、車いすでは歩車道の段差を通過する際、かなり衝撃があるようでした。

興味深かったのが、市の中心部の多くの交差点には、日本と同じデザインの黄色の点字ブロックが敷設されていたことです。また、歩行者用の信号は音響式ではなく、信号のわきにある押しボタンを押すと、押しボタンの箱の底面にある手で触ってわかる矢印型の突起が、青になった際に振動して教えてくれるというスタイルでした。

物価はかねて聞いていたとおり日本よりも相当高く、昼食にツナサンドとコーラを購入すると、8スイスフラン(日本円で1200円程度)、レストランで現地の料理であるチーズフォンデュとサラダを食べたら40フラン(6000円程度)にもなりました。

2 日本の建設的対話について

8月22日午後と8月23日午前、国連ジュネーブ事務局の第19会議室において、国連障害者権利委員会と日本政府の間の建設的対話が行われました。

建設的対話は、まず、各委員から日本における障害者権利条約への対応状況などについて質問が行われ、これに対して政府代表が答弁を行うという形で進められました。

一部で話題となった、いわゆる「ジュネーブの桜」のやり取りが行われたのが、この建設的対話です。

委員から、障害者の施設から地域への移行について質問されたことに対し、政府代表は、「日本の施設は高い壁や塀に囲われてはいない。

日本では、春には桜という花が咲くが、障害者施設でもお花見をしたり、時にはピクニックにも出かける」などと答弁しました。この答弁は、障害者の地域移行を進めるべきという国際社会の基調の中ではかなり「浮いた」ものであり、会場後方の市民社会側から激しいヤジが飛びました。

建設的対話の最後に、日本の審査を中心的に行う国別担当者であるキム・ミヨン委員(韓国)からクロージングの発言が行われました。

この中では、いくつかの重要な課題が指摘されました。

  •  障害者差別解消法の救済手続きが確立されていない
  •  社会全体にインクルージョンや合理的配慮の基盤が整っていない
  •  手話が言語として認知されていない
  •  障害のある女性が直面している問題
  •  パリ原則に基づいた独立した監視システムが存在しない
  •  選択議定書が批准されていない
  •  成年後見制度を利用すると障害者の法的能力が制限される
  •  障害者の性と生殖の権利が制限されている

などです。

そして、キム委員は最後に、「障害者の生活が向上し、人権が保障される社会にするためには、政府と市民社会の継続的な対話が必要である」と締めくくりました。

3 建設的対話を傍聴して感じたこと

日本政府からの回答は現在の制度の紹介にとどまるか、質問自体をスルーして、問いに正面から答えないものばかりという印象でした。

対話を通じて認識を共有し、新たな改善策を作り上げていくという建設的対話の本来の目的に合致したものではないように感じられました。

多くの委員からの質問が集中したのは、施設隔離と分離教育の点でしたが、日本政府は、障害者が施設で生活することと特別支援学校で教育を受けることについては、積極的な変更を行うつもりがないと受け取られる答弁を繰り返しました。

条約が求める水準と、日本政府の意識には大きな隔たりがあるのだということが浮き彫りになりました。

4 終わりに

10月、日本政府や日本のNGOから提出されたレポートと、ジュネーブでの対話を踏まえて、障害者権利委員会から「総括所見」という日本への勧告が出されました。

まだ公式な日本語訳は発表されておらず、英語の苦手な私が読むには骨が折れますが、やはり、障害者が地域で生活できるようにすることと、障害のある子供が、障害のない子供と分け隔てられることなく同じ学校で学べるようにすることの2点について、委員会からはひときわ強い勧告がなされています。

これは、私たちがこれからどのような社会を目指すべきかを示す羅針盤です。

よく市民運動について、「Think Globally、 Act Locally(地球規模で考え、足元から行動せよ)」ということが言われます。

国連による対日審査を通じて見えてきた日本の課題を具体的にどう解決するのか、改めてこの言葉を胸に、目を逸らさず向き合っていきたいと思っています。

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