介護サービス労働は価値を生む
株式会社土屋顧問/土屋総研特別研究員
影山 摩子弥
【サービスも価値を生む】
アダム・スミスは、物質的財貨を生み出す労働を、国内の価値を増やし国の富を増やす労働として「生産的労働」と位置づけるとともに、物質的財貨を生み出さない労働を、価値を生み出さず、国の富を増やさないので不生産的労働と位置付けました。ということは、介護が含まれる第3次産業は不生産的で、価値を生まない領域ということになります。しかし、医療でも、教育でも、介護でも、市場経済においては、それぞれの領域が生み出す無形の財貨がやり取りされ、お金が支払われます。つまり、サービスという財貨は、形をとっていないけれども価値があり、それに対して対価が払われると考えられます。
しかも、観光関連の産業に見られるように外貨を稼ぎ、国を富ませるのに寄与している業界もあり、価値を増やしています。観光業が価値を生まないのであればこのようなことになることはありません。
さらに、国勢調査は5年ごとに行われていますが、直近の2020年に行われた調査データによると、就業者比で第1次産業が3.3%、第2次産業が23.4%、第3次産業が73.4%です。就業者の7割以上が価値を生んでいないなどということは非現実的です。
【なぜ価値を生まないとされたのか?】
スミスがサービスは価値を増やさないと考えたのは、次のような前提や考え方によると思われます。
まず、スミスは、モノの価値はそれに費やされた労働の量(例えば労働時間)によって決まるという労働価値説に立っていました。この観点は奇異なものではなく、1960年代に議論され、つい最近も注目されている人的資本論も人が価値を生むという観点に立ちます。
また、標準的なモノはどこででも同じように作られるので、つまり、労働の量は同じなので、一物一価、つまり、生産物が持つ価値は、論理的にはどこでも変わらないと考えねばなりません。つまり、どこで売られても、価格は一緒にならねばなりません。その上で、生産された財貨の流通を担う仕事を考えるとわかりやすいかもしれません。
一物一価の原則に立つと、市場での取引に乗せられる財の値段は、論理的には同じになります。しかし、生産した工場で消費者に売られるのでなければ、流通網に乗せられて消費者の手に届くことになります。もちろん、流通業者に報酬を払わねばなりませんが、その際、市場で売られる際は同じ値段なので、売った際の儲けから流通業者に支払う形になります。つまり、工場で生産された際の価値から増えていないのです。
たとえ、流通サービスが価値を生むとしても、国内の価値を増やしていないので、不生産的労働となるわけです。そうすると、価値を生まない労働として、評価が低くなることも十分考えられるのです。
【現代への影響】
第3次産業の領域は、一貫して拡大を続けてきました。国立社会保障・人口問題研究所の資料によると、1920年に就業人口比で第1次産業が53.8%、第2次産業が20.5%、第3次産業が23.7%だったものが、1950年に48.5%、21.8%、29.6%となり、1960年に32.7%、29.1%、38.2%、1970年に19.3%、34.0%、 46.6%となりました。その変化を受けて1970年代に入ると、日本でもサービスに関する経済学の論争が盛んにおこなわれました。そこでは、「サービスは価値を生まない」と考える論者も少なくありませんでした。
しかし、流通業は価値を生んでいるからこそ、その対価が支払われるはずです。介護や情報通信、医療も同様で、社会の価値を増やしています。流通業の場合、生産物の価値を増やしていないとしても、流通サービスが価値を生んでいないことにはなりません。原料への支払いとは少し異なりますが、生産物にかかわるコストを生産側が払っているだけです。
しかも、介護や医療、情報通信、観光、教育等のサービスがあるがゆえに、われわれの生活は豊かになります。暮らしやすい社会になります。価値を増やしているのです。